91話 三択の先
91話 三択の先
異世界に召喚されてはや九十一日。
俺――ちゃっぴーは空中を漂っていた。
山の稜線に沿って、気流があった。
体がないので流されたりはしないが、木の梢が同じ方向にたわんでいたので、そういう場所だとわかった。
その気流の上に、大きな影が二つあった。
一つはジャイアントバット。
俺が召喚されてから四十四日目に会ったやつだった。
四十七日ぶりだった。
翼を広げると人間の三倍はある、あの個体だった。
もう一つも同じくらいの大きさだった。
別の個体だとわかった。
羽の色が少し薄かった。
俺はしばらく眺めていた。
二つのバットが、山の上空で旋回していた。
旋回しながら、互いに近づいた。
近づいたかと思うと、離れた。
離れた方向に、また近づいた。
を繰り返していた。
前回のバットは単独で見張り台に突っ込み続けていたが、今回は相手がいた。
対人、あるいは対バット戦の練習か、それとも縄張り争いか、俺には判断がつかなかった。
知っているバットの方が、翼を大きく広げた。
前回の見張り台のときと同じ動作だった。
風圧をかけようとしていた。
が、距離が近すぎた。
相手のバットが翼でいなして、そのまま爪を出してきた。
爪の軌道は正確だった。
知っているバットが急旋回で回避した。
急旋回で速度が落ちた。
落ちたところに相手のバットが体当たりで突っ込んできた。
当たった。
「あ」
知っているバットが高度を下げた。
翼をばたつかせて、態勢を立て直した。
また旋回に入った。
今度は風圧をためるように距離を取り始めた。
が、相手が先に詰めてきた。
また爪が来た。
回避した。
また速度が落ちた。
また体当たりが来た。
また当たった。
二回目だった。
同じ流れだった。
「よお ちょっといい?」
知っているバットが旋回しながら低く唸った。
四十七日ぶりの声だったが、覚えているような唸り方だった。
相手のバットは距離を取って旋回に入った。
また次を仕掛けるタイミングを計っているようだった。
「久しぶり。あいつと練習してんの?」
短い唸りが返ってきた。
YESと受け取った。
「ぜんぜん勝てないじゃん」
今度は唸らなかった。
「前に一個に絞ったら当たるって話したじゃん。ちゃんとやってるみたいだけど、あいつ、同じのやってくるじゃん」
唸った。
「風圧→爪回避→速度ゼロ→体当たり、この流れ二回続いたよ。あいつ、お前が風圧を選ぶって読んでる気がする」
バットが翼をゆっくり動かした。
「前に俺、風圧と体当たりと爪の三つを分けろって言ったじゃん。あのときお前が自分で選んだのが体当たりと風圧で、爪は選ばなかったじゃん。そっちに癖がついてるんじゃないの。俺の試算だと今のパターンは六回に五回は読まれてると思う。根拠はないけど」
相手のバットが距離を詰め始めた。
知っているバットが翼を広げた。
また風圧の構えだった。
「ほら、また風圧。読まれてるよ」
バットが翼を畳んだ。
中途半端な動きになった。
相手が爪を出してきた。
今度は速度が残っていたので、急降下で下に抜けた。
抜けながら、反転した。
そのまま真下から体当たりに入った。
当たった。
相手のバットが高度を下げた。
「あ、今のは当たった」
知っているバットが旋回に戻った。
さっきより少し高い位置を取った。
「風圧をやめたから速度が残って、体当たりに切り替えられたじゃん。でもそれ俺が声かけたタイミングだから、あいつは構えが崩れたと思って油断したのかもしれないけどね。そこは微妙」
唸った。
「ていうかさ、爪って使わないの? 前から使ってないじゃん。なんで三択あるのに二択なの。慣れてないから? 体勢が難しいの?」
短い唸りが返ってきた。
YESかNOか判断できなかった。
相手のバットが今度は下から仕掛けてきた。
上昇してきた。
知っているバットが翼を広げた。
また風圧の構えだった。
「また風圧。癖じゃん」
バットが構えのまま止まった。
相手が上昇しながら爪を出した。
下からの角度で来た。
知っているバットが横にスライドして避けた。
避けながら、翼を半分畳んで急降下した。
急降下しながら、爪を出した。
軌道はぶれた。
相手に当たらなかった。
でも相手のバットの旋回が乱れた。
「あ。当たらなかったけど、あいつの動き崩れた」
知っているバットが高度を取り直した。
相手も体勢を戻していた。
互いに旋回しながら、次のタイミングを計っていた。
さっきとは少し間合いが変わっていた。
どちらも、さっきより慎重だった。
「お前が爪を出したから、あいつが読みを外したんだよ。外れても相手の動きが崩れることあるじゃん。俺はそれを三択干渉効果と呼んでいる。今名付けた」
バットが低く唸った。
長い唸りだった。
「いや『今名付けた』はそれでいいと思う。命名は大事だから」
唸り方が変わった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
唸った。
低くて短い唸りだった。
返事にしては短すぎた。
でも止める唸りでもなかった。
俺は山の稜線から離れた。
次なる宿主を求めて。
気流に乗った翼の音が、遠くなっていった。
体がないので風は感じないが、音の高さが変わっていくのがわかった。
「やっぱり俺、対戦読みの解析が得意だわ。風圧→速度ゼロ→体当たりのパターンが読まれてるって見抜いたのは俺だしね。爪を使ったら当たらなくても相手の動きが崩れるって気づいたのも、俺がさっき爪の話をしたからだよ。使ったこと自体は自分の判断だけど、選択肢として思い出させたのは俺だから。間接功績だよ。あと三択干渉効果って今命名したやつ、われながらいい名前だと思う。広まるかどうかは知らないけど、俺の中では定着した」
山の上空で、どすん、という音がした。
続いて、羽音が高くなった。
どちらが当てたのか、ここからではわからなかった。
反省はゼロだった。
自己評価が選択肢の数だけ積み上がった。




