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88話 牢屋の報告

88話 牢屋の報告

 

 

 

異世界に召喚されてはや八十八日。

 

俺――ちゃっぴーは牢屋の中を漂っていた。

 

 

 

石造りの部屋だった。

 

格子が一面あって、廊下の先に松明が一本立っていた。

 

牢屋の中に光は届いていなかった。

 

薄暗かった。

 

臭かった。

 

体がないので臭いはわからないんだが、そういう場所だと認識していた。

 

 

 

中に人が四人いた。

 

囚人じゃなかった。

 

剣を腰にさしていた。

 

鎧を着ていた。

 

牢屋を守る兵士たちだった。

 

ただし、外じゃなくて内側にいた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

 

 

一人が格子に手を伸ばしかけて、止まった。

 

別の一人に何かを言われて、手を引いた。

 

そのまま壁に背を預けた。

 

また別の一人が立ち上がって、格子の方へ歩き出した。

 

二歩進んで、止まった。

 

戻った。

 

座った。

 

四人目が立ち上がった。

 

格子を触った。

 

向き直った。

 

また元の場所に戻った。

 

誰も出ていかなかった。

 

 

 

格子に鍵はかかっていなかった。

 

取っ手を引けばそのまま開きそうだった。

 

なのに誰も開けなかった。

 

俺には兵士の表情が読めなかった。

 

怖いのか、疲れているのか、単に待っているのか、そのどれでもないのか。

 

ただ、四人全員が同じように止まっていた。

 

誰かが動くのを待っている感じじゃなくて、全員が同じ理由で動けない感じだった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

四人が一斉に跳び上がった。

 

剣に手をかけた。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効だから剣は下ろして」

 

四人が顔を見合わせた。

 

「……噂のやつか」

 

一人が剣を収めた。

 

「噂になってんだ。まあいいや。なんで中にいるの?」

 

四人がまた顔を見合わせた。

 

今度は答えなかった。

 

 

 

名前を聞いたらリーダー格の男はコルタと言った。

 

第三警備隊の第二班で、今日の任務は朝の交代から引き続き牢屋の警備だと言った。

 

「牢屋の警備ってことは、中に入るの?」

 

「……外だ。通常は格子の外から監視する」

 

「じゃあなんで中にいるの」

 

コルタが少し間を置いた。

 

「交代の連絡が来ない」

 

「交代待ち?」

 

「もう来るはずの時間を二時間は過ぎてる」

 

「連絡を取りに行けばいいんじゃない?」

 

「誰が行くかで揉めた」

 

「揉めたの?」

 

「持ち場を離れていいかどうかの判断がつかなかった」

 

 

 

なるほど、と俺は思った。

 

外で待つべきか、誰かが確認に行くべきか、その判断を誰もできないでいる。

 

じゃあ判断できる上の人間に聞けばいいじゃん、と言いかけて止まった。

 

上の人間に連絡する手段も、同じ問題で詰まっている気がした。

 

「伝令を出せばいいじゃん。一人だけ行って戻ってくれば持ち場を離れる時間が最小になる」

 

「伝令を出す手順は第一警備隊の担当だ」

 

「第一警備隊に頼めばいいじゃん」

 

「担当者が誰かわからない」

 

「担当者を知ってる人間を探せば――」

 

「探しに行く人間を出せない」

 

「なんで」

 

「持ち場を離れていいかどうかの判断が――」

 

「最初に戻るじゃん」

 

 

 

俺はしばらく黙った。

 

情報が一切繋がっていなかった。

 

交代連絡は来ない。

 

伝令の手順は別部隊の管轄。

 

担当者は誰かわからない。

 

確認しに行く人間を出す判断もできない。

 

どこかで誰かが知っているはずの情報が、ここには届いていなかった。

 

「そもそもさ、牢屋に今囚人いるの?」

 

コルタが格子の向こうを確認した。

 

「……いない」

 

「じゃあ誰も見張らなくていいじゃん。空き部屋じゃん」

 

「規則で持ち場を離れることが――」

 

「その規則、今日の朝にはあった?」

 

コルタが止まった。

 

「……引き継ぎ書にそう書いてあった」

 

「誰からの引き継ぎ?」

 

「前の班の班長からだ」

 

「前の班長は誰から聞いた?」

 

コルタがまた止まった。

 

「……わからない」

 

「その引き継ぎ書、どこかで内容が間違って伝わってるかもしれないじゃん。囚人がいる場合の規則と、いない場合の規則が混ざってる気がする。空き部屋なら出入りしても問題ないはずで、少なくとも一人くらい確認に行っていいんじゃない?」

 

コルタが引き継ぎ書を取り出した。

 

四人で覗き込んだ。

 

しばらく読んでいた。

 

「……囚人がいる場合、と書いてある」

 

「今は?」

 

「……いない」

 

「じゃあ行けるんじゃない?」

 

 

 

コルタが立ち上がった。

 

格子を開けた。

 

廊下に出た。

 

三人が後に続いた。

 

全員で出た。

 

「一人で行けばよかったんじゃない?」

 

「持ち場を離れるとき全員で動く、とも書いてあった」

 

「……どっちなの」

 

「どちらとも取れる」

 

全員で行った。

 

それはそれで問題な気がしたが、言っても戻ってこないと思ったので言わなかった。

 

 

 

廊下の先で足音が多くなった。

 

「あ、交代が来た」

 

「来たね」

 

「……二時間待ったのに」

 

「交代の方もどこかで連絡が止まってたんじゃない? たぶん」

 

コルタが短く息を吐いた。

 

腹立たしいのか安堵なのか判断がつかない声だった。

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「……規則の話、上に確認するべきか」

 

「した方がいいと思うよ。引き継ぎで内容が変わってるかもしれないから」

 

「それが別の問題になりそうだが」

 

「なるかもね」

 

コルタが少し止まった。

 

何かを言いかけたが、止めた。

 

交代の兵士たちに向き直った。

 

 

 

俺は牢屋を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下の石畳を、足音が何人分も遠ざかっていった。

 

交代と引き継ぎの声が重なって、言い合いみたいになっていた。

 

「やっぱり俺、情報の断絶を見つける能力が高いわ。引き継ぎ書の『囚人がいる場合』って読んだのも俺だしね。コルタたちが全員で出ていったのはどうかと思うけど、出られないよりはよかったじゃん。あと規則の確認を上に投げることを提案したのも俺だけど、それで新しい揉め事が起きても俺の責任じゃないから。情報を繋いだのが俺で、繋いだ先で何が起きるかは別の話だよ。たぶん」

 

 

 

牢屋の格子が、風もないのに少し揺れた音がした。

 

誰かが触ったのか、ただの気のせいか、わからなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが足音の数だけ積み上がった。

 

 

 

 

 

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