87話 廃村の主
87話 廃村の主
異世界に召喚されてはや八十七日。
俺――ちゃっぴーは廃村を漂っていた。
石造りの家が十数棟、草に埋まっていた。
屋根が抜けているものもあった。
扉が外れかけているものもあった。
ただ、壁は残っていた。
雨は防げそうだった。
その廃村の入口に、荷車が二台止まっていた。
見覚えがあった。
というか、乗っている人間たちに見覚えがあった。
俺が召喚されてから四十一日目に会った開拓民の一団だった。
グレッドが先頭に立っていた。
水場を探しに走らせた男も、石を並べていた女もいた。
同じ顔ぶれだった。
グレッドが廃村を見ていた。
腕を組んでいた。
集団の一人が扉の壊れた家に近づいた。
蝶番を確かめた。
手を引っ込めた。
別の男が屋根の抜けた家を覗いた。
三秒で引き返してきた。
女が荷車の荷物に手をかけた。
止まった。
荷車の荷物は積んだままだった。
誰も動いていなかった。
全員が動こうとしていた。
でも止まっていた。
俺はしばらく眺めていた。
廃村の構造は単純だった。
中央に広場があって、周囲に家が並んでいた。
動線が複雑で止まっているわけじゃない、と俺は思った。
じゃあ家の数が足りないのかな、と数えてみると、一団が十人として、家が十三棟。足りている。
だとすれば、何かを待っているのかもしれない。
誰か来る予定があって、その人間が来るまで手が出せないとか。
グレッドがまた廃村を見た。
見るだけで、動かなかった。
「よお ちょっといい?」
全員が固まった。
グレッドが声のした方を向いた。
「……ちゃっぴーか」
「覚えてたんだ」
「覚えておくと言った」
「そうだったね。で、廃村に着いたんだけど、誰も動いてないじゃん」
「動いてる」
「荷物、積んだままだよ」
グレッドが黙った。
「誰か来るのを待ってるの?」
「待っていない」
「荷物が重くて降ろせないとか?」
「違う」
「じゃあ家の中を確認してから降ろしたいってこと? 誰か入って調べればいいじゃん、さっきも一回入りかけてたじゃん」
「……入っていいかどうか、わからない」
俺は少し間を置いた。
「廃村だよ?」
「廃村だ」
「誰かが持ってるの、ここ」
グレッドが廃村を見た。
「……わからない」
「わからないから入れないってこと?」
「勝手に使って、後で問題が出ても困る。持ち主が現れたときに揉めたくない」
なるほど、と俺は思った。
動線じゃなかった。
作業分担でもなかった。
誰も「使っていい」と決めていなかっただけだった。
「使っていいって、誰が言えばいいの?」
「……それがわからない」
「いや、グレッドが言えばいいじゃん」
グレッドが俺の声の方を向いた。
「俺が」
「グレッドがこのグループのリーダーでしょ。廃村の所有者がはっきりしないなら、先に入った方が早いじゃん。持ち主が出てきたらその時考えれば? 今全員が野宿になる方が困るじゃん。」
「……それは、そうだが」
「日没まで何時間ある?」
グレッドが空を見た。
「三時間ほどだ」
「荷物を降ろして、使えそうな部屋を確認して、日没前に全部終わる?」
「……厳しい」
「じゃあ今すぐ誰かが決めないと詰むじゃん」
グレッドが周囲を見た。
集団の全員が、グレッドを見ていた。
待っていた顔だった。
グレッドが廃村の入口に一歩踏み込んだ。
「使う。ここを使う」
短い言葉だった。
それだけだった。
荷車から荷物が降り始めた。
家の扉を確かめていた男が中に入った。
屋根を覗いていた男が別の家に移った。
女が荷物を抱えて、開いている扉に向かった。
全員が動いていた。
グレッドが順番に指示を出したわけではなかった。
一言で全員が動いた。
「俺のやることはやった。次行くわ」
グレッドが振り返った。
「……待て」
「なに」
「決めていいと言ったな」
「うん」
「荷置き場はどこがいい」
「知らないよ、廃村の中見てないから」
「屋根の補修は誰がやる」
「俺に聞かれても」
「水場との距離を考えると炊事場は――」
「全部グレッドが決めればいいじゃん。俺はそれだけ言ったんだよ」
グレッドが少し黙った。
「……そういうことか」
「そういうこと」
集団の別の一人が駆け寄ってきた。
「グレッド、東の家の屋根が一番状態がいいです。荷置き場にどうでしょう」
「……わかった、そこにしろ」
また別の一人が来た。
「井戸がありました。使えそうです。炊事場の位置、決めていいですか」
「お前が決めろ」
「え、グレッドが決めるんじゃないんですか」
「俺が決める必要があることだけ持ってこい」
男が首を傾けながら戻っていった。
また別の一人が来た。
「グレッド、南の家の扉が直せそうです。工具を使っていいですか」
「使え」
「グレッド、荷物の中の食料はどこに置きますか」
「屋根のある家ならどこでもいい」
「グレッド、天幕の布が余っているんですが――」
グレッドの返事が、一言ずつ短くなっていった。
何かが変わり始めていた。
俺の想定とは少し違う方向に向かっていたが、まあ変化は変化だった。
俺は廃村を出た。
次なる宿主を求めて。
夕方の光が廃村の石壁を横から照らしていた。
影が長かった。
体がないので夕風は当たらなかったが、光の角度がそういう時間帯を示していた。
「やっぱり俺、権限の所在を整理するのが得意だわ。誰も決めていいと思っていなかったところに、お前が決めればいいって指摘したのは俺だしね。全員が動き出したのも俺の一言があったからだよ。グレッドへの質問が全部集中し始めてたのは俺のせいじゃないし、決断力のある人間に権限が集まるのは組織論的に正しいから。たぶん」
廃村の奥から、複数の声が聞こえた。
全部グレッドに向いていた。
グレッドの返事の間隔が、少しずつ短くなっていった。
反省はゼロだった。
自己評価が判断の数だけ積み上がった。




