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85話 ワームの渋滞、再び

85話 ワームの渋滞、再び

 

 

 

異世界に召喚されてはや八十五日。

 

俺――ちゃっぴーは湿地を漂っていた。

 

 

 

水と泥が混ざった、底の見えない場所だった。

 

葦が生えていた。

 

風もなかった。

 

なのに水面がさわさわ動いていた。

 

 

 

ワームだった。

 

腕ほどの長さの細いやつらが、水路に詰まっていた。

 

俺が召喚されてから三十九日目にも似たものを見た。

ただ、今回は様子が違った。

 

 

 

前回は密集して潜れなかった。

 

今回は潜っていた。

 

潜っては出て、出ては潜っていた。

 

一匹が潜ろうとすると、隣のやつが出てくる。

 

出てきたやつが別のやつとぶつかる。

 

ぶつかったやつが潜ろうとする。

 

また別のやつが出てくる。

 

交互にやっていた。

 

全員が動いていた。

 

なのに水路全体が詰まったままだった。

 

 

 

俺はしばらく眺めた。

 

前回と現象が違う。

 

前回はスライムの振動で集まりすぎたのが原因だった。

 

今回はスライムがいない。

 

集まっているわけでもなかった。

 

全員が別々のことをしていた。

 

別々のことをしているのに、ぜんぶ同じ場所で起きていた。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

ワームは答えなかった。

 

相変わらず潜ったり出たりしていた。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。三十九日目にもここ来たんだけど、当時と状況が違う」

 

ワームは答えなかった。

 

「今、潜ろうとしてる? 出ようとしてる? どっちも同時にやろうとしてない?」

 

ワームは答えなかった。

 

そういうやつらだった。

 

答えないことはわかっていた。

 

だから観察を続けた。

 

 

 

一匹に注目した。

 

頭を出した。

 

少し前に進んだ。

 

別のやつが同じ方向から来た。

 

最初のやつが引いた。

 

引いたせいで後ろのやつと重なった。

 

重なったやつが向きを変えた。

 

また別のやつとぶつかった。

 

全員が動いているのに、誰も前に進んでいなかった。

 

 

 

「なるほどね」

 

俺は少し考えた。

 

「これ、全員が同じ瞬間に動こうとしてるんじゃない? 出る組と潜る組が同じタイミングで動くから通り道が詰まる。片方が待てば通れるんだけど、待つ仕組みがないから誰も待たない。全員が正しいことをしようとして、全員が邪魔し合ってる」

 

ワームは答えなかった。

 

潜ったり出たりし続けていた。

 

俺のことなど認識していなかった。

 

 

 

「ちょっと待ってよ」

 

ワームは待たなかった。

 

「一個ずつ動けばいいんだよ。出るやつが出きってから、次に潜るやつが動く。交互じゃなくて、順番に。でも教えても通じないんだよなあ、こいつら」

 

 

 

俺は考えた。

 

声が通じない相手に何かをさせる方法。

 

前回は振動だった。

 

スライムに止まらせたら、ワームが落ち着いた。

 

あれは外から刺激を消した話だった。

 

今回は刺激の問題じゃない。

 

動くタイミングの問題だった。

 

 

 

水面をよく見た。

 

ワームが出てくるとき、水が小さく跳ねる。

 

潜るときも跳ねる。

 

その跳ね方が違った。

 

出るときは前に向かって跳ねる。

 

潜るときは下に向かって跳ねる。

 

二種類の波紋が混ざっていた。

 

混ざって干渉していた。

 

「振動で反応するんだよな、こいつら。出るやつが動くと波が立つ。その波に反応して潜るやつも動く。潜るやつが動くとまた波が立つ。その波に反応して出るやつが動く。互いの動きが互いを呼び込んでる。お互いがお互いの引き金になってる」

 

誰も聞いていなかった。

 

でも考えがまとまったのでよかった。

 

 

 

問題は、止める方法だった。

 

振動を消せばいいのはわかった。

 

でもワームを止める手段がなかった。

 

スライムに頼めばよかったが、今日いなかった。

 

いないので声で呼んでみた。

 

「ぷるちゃんいる?」

 

いなかった。

 

俺一人だった。

 

声しか持っていなかった。

 

 

 

「しょうがないなあ」

 

水面に向かって声を出した。

 

「止まれ」

 

ワームは止まらなかった。

 

「止まれって言ってるんだけど」

 

止まらなかった。

 

体がない。

 

水面を叩けない。

 

石を置けない。

 

物理が無効なのは攻撃だけじゃなくて作用も同じだった。

 

五分くらい考えて、諦めた。

 

 

 

ワームを眺め続けた。

 

それでも視線を端に向けたとき、何か引っかかるものがあった。

 

一匹だけ、リズムがずれているやつがいた。

 

出るのが遅い。

 

引くのが早い。

 

波紋が小さかった。

 

六十三日目の終わりにも見た動きだった。

 

あのとき最後に「何かよかった」と思って、でも何が良かったのかうまく言えないまま立ち去ったやつに、似ていた。

 

同じやつかどうかはわからなかった。

 

俺にはワームの見分けがつかなかった。

 

でも同じ場所の、同じ端にいた。

 

 

 

違ったのは、周囲だった。

 

六十三日目は、そいつの周辺が一瞬だけ空いた、それだけだった。

 

今回は違った。

 

隣の二匹が、少しだけ出てくるタイミングをずらしていた。

 

完全に真似しているわけじゃなかった。

 

ずれていた。

 

ただ、出るのが少しだけ遅かった。

 

遅くなった分、ぶつかる回数が減っていた。

 

局所的だった。

 

端の一角だけだった。

 

でもそこだけ、水が少し流れていた。

 

 

 

「……あ」

 

俺はしばらく眺めた。

 

何も言わなかった。

 

「お前らさ、俺が来る前から変わってたの?」

 

ワームは答えなかった。

 

「六十三日目から勝手に広がったの? 俺関係ない?」

 

ワームは答えなかった。

 

そういうやつらだった。

 

 

 

全体は詰まったままだった。

 

中央はまだ全員が邪魔し合っていた。

 

ただ端の三匹の周辺だけ、水路に少しだけ隙間があった。

 

変化は小さかった。

 

俺が何かしたわけでもなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

ワームは答えなかった。

 

詰まったままだった。

 

 

 

俺は湿地を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

葦が揺れていたが、体がないので当たらなかった。

 

水面はまだ騒がしかった。


「やっぱり俺、長期案件の成果回収が得意だわ。六十三日目に見た動きが周辺に広がってたの、確認したのは俺だしね。全員が正しいことをして全員が邪魔し合ってるって見抜いたのも今日の俺だよ。俺が何かしたわけじゃないけど、最初に見つけたのは俺だから起点は俺だよ。たぶん。解決はしてない。でも変化はしてた。俺が来る前から。体ないけど」

 

 

 

湿地の水面がざわざわ動いていた。

 

端の方だけ、少し静かだった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価が水の波紋のように広がった。

 

 

 

 

 

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