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83話 礼拝堂の主

83話 礼拝堂の主

 

 

異世界に召喚されてはや八十三日。

 

俺――ちゃっぴーは礼拝堂を漂っていた。

 

 

 

俺が召喚されてから二日目に訪れた村の礼拝堂だった。

 

石造りの細長い建物だった。

 

窓が小さくて、光の入る場所が少なかった。

 

祭壇に花が供えてあった。

 

ただし、花立てには挿さっていなかった。

 

束のまま横に置かれていた。

 

静かな礼拝堂だった。

 

 

 

人が三人いた。

 

村人風の男が二人と、年嵩の女が一人だった。

 

三人とも祭壇の前に立っていたが、誰も何もしていなかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

女が花束を手に取った。

 

花立てに挿そうとして、止まった。

 

隣の男を見た。

 

男が女を見返した。

 

女が花束を戻した。

 

 

 

別の男が前に出た。

 

祭壇の布を直そうとして、止まった。

 

もう一人を見た。

 

もう一人が首を振った。

 

男が下がった。

 

年嵩の女が口を開いた。

 

言いかけて、閉じた。

 

また開いて、また閉じた。

 

 

 

三人とも動いていた。

 

ただ、何も進んでいなかった。

 

全員が何かを待っていて、誰を待っているのかわからなかった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

三人が振り向いた。

 

体のない声だとわかると二人はうろたえたが、年嵩の女は違った。

 

「……声だけの存在ですか」

 

「そう。体ない、見えない、攻撃しても無意味。毎回説明するの面倒いな」

 

「三ヶ月ほど前、この村で口論を整理してくれた方かと。村長から聞いていました」

 

「それ俺だよ。あの爺さんは? 今日いないじゃん」

 

 

 

女が少し間を置いた。

 

「……先月に亡くなりました」

 

「あ。そうか」

 

俺は少し黙った。

 

体がないので黙る必要はないが、何となくそういう気分だった。

 

 

 

「改めて、俺の名はちゃっぴー。名前は?」

 

「エドナです」

 

「で、何してんの三人で、さっきから」

 

「礼拝の準備です」

 

男の一人が答えた。

 

「止まってるじゃん」

 

「……誰が進めるか、で」

 

 

 

エドナが続けた。

 

「神官が半年前に隣町へ移りました。後任がまだ決まっておらず、誰が取り仕切るか、三人とも決めかねていて」

 

俺は少し考えた。

 

手順がわからないのか、と最初は思った。

 

「やり方忘れた? 礼拝の手順」

 

「忘れてはいません」

 

「三人とも手順わかってる?」

 

「……わかっています」

 

「じゃあ誰でもできるじゃん。何が問題なの」

 

 

 

三人がまた黙った。

 

全員ができるのに全員が動かない感じだった。

 

「祭壇、何か壊れてる? 花が足りない?」

 

「どちらも問題ありません」

 

手順でも設備でもなかった。

 

「じゃあ神官を呼べばいいじゃん」

 

「隣町に移っています」

 

「じゃあ隣町から来てもらえばいい」

 

「来てもらうには日数がかかります。今日の収穫前礼拝には間に合わなくて」

 

「代理を立てればいいじゃん。誰か一人」

 

「……それが」

 

エドナが男二人を見た。

 

男たちも互いを見た。

 

「誰が代理をやるか、決まっていなくて」

 

 

 

俺はもう少し考えた。

 

代理が決まらない。

 

やりたくないのか、やりたいのか。

 

「やりたくないから誰も手を挙げないの?」

 

「……やりたい人間が三人いて」

 

「多い方じゃん。三人ともやる気あるなら誰でもいいじゃん」

 

「でも今日誰かが仕切ると」とエドナが言った。

 

「後任を勝手に決めたことになるのが」

 

 

 

なんか、前にもこういうの見たな、と思った。

 

村長の爺さんがいたときは揉めてもすぐ収まってたんだよな。

 

あれ、そういうことか。

 

 

 

「今日だけって区切ってもダメ?」

 

「今日だけのつもりが既成事実になる可能性があって」

 

「三人全員がそれを心配してるってこと?」

 

三人が、少し間を置いてから、それぞれうなずいた。

 

 

 

「じゃあくじ引きで決めなよ。今日の進行役だけ。後任とは完全に別」

 

「くじ、引き?」

 

「棒三本、長さ違うやつ。くじで決まったことは誰の責任でもない。今日の礼拝だけ。後任は礼拝が終わってから村全体で話し合う、それだけ」

 

 

 

三人がまた顔を見合わせた。

 

「……それなら」とエドナが言った。

 

「今日だけなら」ともう一人が答えた。

 

もう一人も黙ってうなずいた。

 

 

 

エドナが床から細い枝を三本拾い、一本だけ短く折った。

 

二人が順番に引いた。

 

男の一人が短い枝を引いた。

 

男が祭壇の前に立った。

 

少し姿勢が変わった。

 

「……花から始めます。エドナさんが供えてください」

 

エドナが花を手に取った。

 

花立てに挿した。

 

今回は止まらなかった。

 

「香は私が焚きます」ともう一人が言った。

 

男が動いた。

 

三人が動き始めると、礼拝堂がさっきと違って見えた。

 

 

 

しばらくして、祈りの言葉が一段落した。

 

男が振り向いた。

 

「……思ったより、うまくいきました」

 

「くじ引きの効果だよ」

 

男が少し考える顔をした。

 

「来週の礼拝も、私が引き受けましょうか」

 

「くじ引きで決めましょう」と、エドナがすぐ言った。

 

「そうですね。くじで」ともう一人が続けた。

 

三人とも「くじ引き」と言っていた。

 

一回やったら次もそれになっていた。

 

速かった。

 

 

 

「……いや待って、今日だけって言ったじゃん。後任の話、礼拝終わったらするって」

 

「しますよ」とエドナが言った。

 

「くじ引きでやりながら」

 

「それ後任決める気ない感じじゃん」

 

「決めます。急がないので」

 

「急がないうちにくじ引きが定着するパターンじゃん、それ」

 

「今はいいです」

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

 

 

エドナは振り向かなかった。

 

進行役だった男がくじを引いた枝を、まだ手に持っていた。

 

 

 

俺は礼拝堂を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

外は晴れていた。

 

収穫前の畑が広がって、穂が風に揺れていた。

 

「やっぱり俺、構造の再発を見抜く能力が高いわ。整理役がいなくなると村が止まるって、三ヶ月前と同じパターンがここでも起きてたのを見抜いたのは俺だしね。くじ引き案も悪くなかった。ただ言い出した瞬間に三人全員がくじ引き派になったのはちょっと想定外だった。後任を決める気がなくなった可能性があるけど、それは村全体の問題だから俺の範疇じゃない。たぶん」

 

礼拝堂の中から、祈りの声が低く聞こえた。

 

三人がずれながらも、同じ方向を向いていた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価が、くじ引きで折れた枝の先端ぶん長くなった。

 

 

 

 

 

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