82話 次の段階
82話 次の段階
異世界に召喚されてはや八十二日。
俺――ちゃっぴーは訓練場を漂っていた。
砂を踏み固めた広場だった。
ここに来たのは俺が召喚されてから四十七日目以来だった。
木の杭は増えていた。
的の藁が新しかった。
訓練生が四人、散らばって型の練習をしていた。
一番小さいやつがいた。
端に教師のテスが立っていた。
一人の訓練生を見ながら頷きかけた。
止まった。
別の訓練生を見た。
また頷きかけた。
また止まった。
口を開いた。
「次は……」
閉じた。
見ていた訓練生が「先生?」と振り返った。
「続けろ」とだけ言って、また別の方向を向いた。
俺はしばらく眺めていた。
訓練生たちの動きは悪くなかった。
型の一番を繰り返していた。
飽きているように見えた。
飽きていても繰り返していた。
次を待っているような動きだった。
テスもそれはわかっているようだった。
見るたびに頷きかけていた。
でも頷かなかった。
「次は」と言いかけていた。
でも言わなかった。
何かを決めようとして、決まっていなかった。
テスはあのとき、誰から教えるか決まらないと言っていた。
訓練生が一人も動いていなかった。
今は全員が動いている。
変わっていた。
ただ、また止まっていた。
前と違う場所で止まっていた。
「よお ちょっといい?」
テスが振り返った。
誰もいないとわかっても、そんなに驚かなかった。
「……お前か」
「覚えてた?」
「声は覚えてる」
「前より訓練生が動いてるじゃん」
「それはそうだ」
「で、また止まってるじゃん」
テスが少し黙った。
「何回か『次は』って言いかけて止まってたよ。次って何?」
「型の二番目に進むかどうかだ」
「進めばよくない? できてないやつがいる?」
「いない」
「じゃあ進めばよくない?」
「どのくらいできたら進めていいのかが、わからない」
「基準がないってこと?」
「……誰も決めていなかった」
「習ったときにもなかった?」
「師匠が判断していた。基準を聞いたことがなかった」
「じゃあ師匠はどういうときに進めてたの?」
「……なんとなく、が多かった」
「なんとなくの基準が今の自分にはないってこと?」
「そうなる」
俺はしばらく訓練生たちを見た。
型を繰り返していた。
一番小さいやつの肘の位置がよかった。
あそこを最初に直したんだったな、と思い出した。
あのとき一本だった剣の音が今は四本になっていた。
悪くない話だと思った。
「ちょっと聞くけど、今の四人を見て、十段階で何点?」
「……七か八」
「じゃあ何点で次に進むの?」
テスがまた黙った。
「八以上になったら進む、でよくない? 今が八なら今日進めるじゃん」
「八かどうかが確信できない」
「七でも進んでいい基準にすれば?」
「七で進んで変な癖がついたら……」
「それ前も言ってたやつじゃん」
テスが黙った。
「変な癖がつくのが怖いなら二番に入りながら一番も並行して見ればよくない? 後から直せる」
「四人全員を同時には無理だ」
「じゃあ一人から始めればよくない? 前もそうしたじゃん」
テスが長い間黙っていた。
訓練生の一人が、また「先生?」と声をかけた。
テスが口を開いた。
「……五回連続でできたら次に進む。途中で乱れたら一から数え直せ」
訓練生たちが顔を見合わせた。
「今から数えるのか? 最初からか?」
「今からだ」
全員が型を始めた。
カウントが始まった。
一人が四回目に差し掛かったとき、足がわずかにずれた。
「今のは乱れましたか」
テスが振り返る前に、本人が首を振った。
「じゃあ一からです」
また最初から始めた。
別の訓練生が「今のは乱れてないか」と隣に確認した。
隣が「微妙」と答えた。
「じゃあ一から」
また最初から始めた。
「先生、三回目に肘が上がったんですが、これは乱れですか」
テスが黙った。
「続けろ。そのくらいは乱れじゃない」
「どのくらいから乱れですか」
テスがまた黙った。
「迷ったら一からだ」
全員が型に戻った。
しばらくして一人が四回目に入った。
少し迷った顔をした。
「じゃあ一からです」
また戻った。
テスが広場を見回した。
全員が三回以内でリセットを繰り返していた。
誰も五回に届いていなかった。
テスが口を開いた。
「……三回でいい。三回連続でできたら次に進め」
訓練生たちが顔を見合わせた。
「さっきは五回でしたが」
「今は三回だ」
「乱れたら一からですか」
テスが少し間を置いた。
「……乱れたら二からだ」
「さっきは一からでしたが」
「今は二からだ」
また型が始まった。
今度は二、三回目でまた確認が始まった。
「これは乱れですか」
「これは乱れじゃないですよね」
「二からですか、一からですか」
テスが額に手を当てた。
俺は少し黙った。
想定外だった。
でも特に俺のせいじゃないとも思った。
「俺のやることはやった。次行くわ」
テスが顔を上げた。
「……お前が基準を作れと言ったんだぞ」
「基準は作ったじゃん」
「作ったら別の問題が出た」
「それは基準の問題じゃなくて使う側の問題じゃん」
テスが黙った。
額を押さえたままだった。
「あとはなんとかなるでしょ。たぶん」
「たぶん、か」
「うん」
俺は訓練場を出た。
次なる宿主を求めて。
砂の広場のほうから、訓練生たちの声がまだ続いていた。
「これは乱れですか」という声が、また聞こえた。
「やっぱり俺、基準の設計が得意だわ。五回連続でできたら次に進む、って言ったのは俺だしね。基準ができたあとに運用で詰まったのはテスの問題で、設計した俺の問題じゃない。使う側の問題だから。三十七日前にも来てるし、もうここの長期顧問みたいなもんだよ。体ないけど。俺的にはそういう認識。たぶん」
砂を踏む足音が、また止まっていた。
反省はゼロだった。
自己評価が藁の的ひとつぶん増した。




