79話 誰が決める貯蔵庫
79話 誰が決める貯蔵庫
異世界に召喚されてはや七十九日。
俺――ちゃっぴーは貯蔵庫を漂っていた。
石造りの地下だった。
天井が低くて、棚が壁に沿って並んでいた。
木樽、袋、干した肉、瓶。
ぎっしり詰まっていた。
ぎっしり詰まっていたはずなのに、棚の一角だけ空白があった。
空白というより、何かを抜いた跡だった。
そこだけ棚板が見えていた。
貯蔵庫の中で、そこだけが妙に広かった。
静かな貯蔵庫だった。
静かすぎた。
人間が三人いた。
全員が棚の前に立っていた。
全員が棚を見ていた。
全員が動いていなかった。
俺はしばらく眺めていた。
一人が口を開きかけて止まる。
別の一人が頷きかけて止まる。
最初の一人がまた口を開きかけて止まる。
三人揃って棚を見ていた。
棚は何も返事をしなかった。
解決しそうでしていない妙な空気が漂っていた。
「よお ちょっといい?」
三人が一斉に振り向いた。
誰もいないとわかると、また三人で棚を見た。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
「今は困っている」
「何に?」
「在庫が足りない。補充するかどうかを確認している」
「三人で確認してるの?」
「そうだ」
「誰か一人が決めればよくない?」
三人が黙った。
種類の違う黙り方だった。
名前を聞いたら、左からゼノ、カフ、ロムと言った。
ゼノが料理長で、カフが購買担当で、ロムが倉庫管理人だと言った。
「で、誰が在庫を動かしていいの?」
「それを確認している」とゼノが言った。
「確認って、誰に?」
「カフが在庫の数を把握しているはずだ」
カフが首を振った。
「在庫の配置はロムの管轄だ。俺は数字しか見ていない」
ロムが腕を組んだ。
「使うかどうかはゼノが決める。俺は動かすだけだ」
「じゃあ全員が必要じゃん」
「そうなる」とロムが言った。
「全員が揃ってるじゃん。今ここに」
三人がまた黙った。
俺は少し考えた。
三人全員いる。
全員が揃っているのに何も動かないというのは、全員揃っていても足りない何かがあるということだった。
「在庫を動かすのに、他に誰かの許可が要るの?」
「……宴席主任のバルタが最終承認を出す」とゼノが言った。
「バルタは今どこ?」
「上だ」
「上って?」
「宴席の準備で手が離せない状態のはずだ」
「連絡できない?」
「できる。ただ」
「ただ?」
「忙しいのに声をかけるのは気が引ける」とゼノが言った。
カフが頷いた。
ロムも頷いた。
三人揃って頷いていた。
棚の空白を見ながら。
「気が引けるっていつから思ってたの?」
「在庫が足りないとわかった、一時間前から」
「一時間、ここで棚を見てたの?」
「……代替になる素材がないか確認していた」
「あった?」
「なかった」
「全部なかった? 棚の奥まで?」
ロムが少し間を置いた。
「……全部確認した。なかった」
「じゃあバルタに伝えるしかないじゃん。代替もない、時間もないなら」
「そうなんだが」とゼノが言った。
「宴席が終わってからでは間に合わない」とカフが続けた。
「わかってるなら今すぐ行けばいいじゃん」
三人が顔を見合わせた。
顔を見合わせたまま動かなかった。
「何待ち?」
「……誰が行くかが」とロムが小さく言った。
なるほど、という感じだった。
誰が決めるか、が決まっていないのではなく、誰が行くか、も決まっていなかった。
バルタに声をかける役割まで宙に浮いていた。
在庫の問題より、そっちの方が手前で詰まっていた。
「じゃあ一番バルタと話したことがある人が行けばいい。誰?」
「ゼノだ」とカフとロムが同時に言った。
ゼノが二人を見た。
「……そうなるか」
「そうなるじゃん。行ってきなよ」
ゼノが棚を見た。
また空白を見ると、ため息をついた。
「……わかった。ただ、バルタが何を言うかはわからんぞ」
「それは俺には関係ない話だから」
「冷たいな」
「行かせるところまでが俺の担当だから」
ゼノがまた少し間を置いた。
それから歩き始めた。
扉を開けて、外に出た。
足音が石の階段を上がっていく音がした。
だんだん遠くなった。
カフとロムが残った。
二人で棚を見ていた。
「……あとは待つだけか」とカフが言った。
「そうなるな」とロムが言った。
二人で棚を見続けた。
さっきより少しだけ、空白が大きく見えた。
気のせいかもしれない。
「俺のやることはやった。次行くわ」
カフが空中を向いた。
「もう行くのか」
「うん。ゼノが動いたから次は動くでしょ」
「動くと思うか」
「バルタが承認すれば。バルタが何を言うかは知らないけど」
「……そこが一番の問題じゃないか」
「俺が関与できる話じゃないよ。そっちは自分でどうぞ」
ロムが鼻を鳴らした。
感謝とも呆れとも取れない音だった。
カフが棚の空白を指でなぞった。
何かを確認するような動作だったが、何も変わらなかった。
俺は貯蔵庫を出た。
次なる宿主を求めて。
石の階段を通り抜けると、上の廊下に宴席準備の音が響いていた。
食器が重なる音と、誰かが早足で通り過ぎる気配だった。
「やっぱり俺、詰まりの場所を特定するのが得意だわ。三人揃ってて動けない原因が在庫じゃなくて誰が行くかだったって見抜いたのは俺だしね。ゼノに行かせたのも俺の一言だよ。バルタが何を言うかは知らないけど、一時間止まってたものを動かしたのは事実だから。たぶんね。カフとロムがまだ棚を見てるのは知ってるけど、あそこはもう棚の問題じゃなくてバルタ待ちだからね。俺の出番じゃない。行かせるところまでが俺の担当だよ。その後に何が起きても完全に別の話。絶対」
上の階から声が増えていた。
ゼノのものかどうかはわからなかった。
ただ、声の数がさっきよりずっと多くなっていた。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価が棚の空白ぶん埋まった。




