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75話 廃墟の贈り物

75話 廃墟の贈り物

 

 

 

異世界に召喚されてはや七十五日。

 

俺――ちゃっぴーは廃墟を漂っていた。

 

 

 

石造りの建物が半分崩れていた。

 

屋根の一部がなく、壁に穴が開いていた。

 

廃墟だったが、廃墟のわりに片付いていた。

 

床に物が積まれておらず、隅に石と草と枝が分けて置かれていた。

 

種類ごとに分けてある。

 

大きさも揃えてある。

 

誰かが手を入れていた。

 

廃墟の穴の向こうに、集落の屋根が見えた。

 

遠くはなかった。

 

 

 

静かな廃墟だった。

 

 

 

灰色の影が壁の穴から入ってきた。

 

ゾンビだった。

 

俺が召喚されてから十九日目に会った、墓地にいたやつだった。

 

手に小石を三つ持っていた。

 

隅の石の山に近づいて、一つずつ加えた。

 

それから石の山全体を確認するように眺めた。

 

枝の列も確認した。

 

草の束も確認した。

 

何かを選んでいた。

 

枯れ草の束を一本取り上げた。

 

小石を一つ選んで、草に添えた。

 

丁寧に束ねた。

 

穴から出ていった。

 

足音がなかった。

 

ゾンビだから当然だったが、静かだった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

出ていったきり、しばらく戻らなかった。

 

しばらくして、また入ってきた。

 

今度は手ぶらだった。

 

腐りかけた顔が、どことなく落ち着いていた。

 

何かをやり遂げた顔だった。

 

それからまた隅に近づいて、草の量を確認した。

 

枝の山も確認した。

 

石も確認した。

 

一通り見て回ってから、その場にしゃがんだ。

 

何かを数えているみたいだった。

 

足りているか確認していた。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

ゾンビがゆっくり顔を上げた。

 

腐りかけた目が俺の方向を探した。

 

「ちゃっぴー。前に墓地で会った」

 

「……ウ」

 

覚えていた。

 

 

 

「さっき草と石、持って出たじゃん。どこに置いてきたの?」

 

「……ウウ」

 

「近くの家?」

 

「……ウ」

 

縄張りの主張だと思った。

 

自分の生活圏を広げようとしている。

 

あるいは素材の備蓄場所が複数ある。

 

石を選んでいたのも、場所ごとに使い分けているからじゃないか。

 

「家の前に置いてきたってこと? 毎回同じ家?」

 

「……ウ」

 

「なんで?」

 

「……ウ、ウウウ」

 

答えが長かった。

 

解読が難しかった。

 

「……毎日やってる?」

 

「……ウ」

 

「向こうの人間が頼んだ?」

 

「……ウウ」

 

違うらしかった。

 

自発的だった。

 

「要求してる? 石と草の代わりに何か寄越せって」

 

「……ウウ」

 

また違った。

 

「じゃあ何かを守ってる? その家を」

 

「……ウウ」

 

これも違った。

 

「お礼? 昔その家の人間に何かしてもらった?」

 

「……ウウウ」

 

「わからない?」

 

「……ウ」

 

 

 

俺は少し考えた。

 

頼まれてもいないのに毎日近くの家に何かを置きに行っている。

 

出かける前に選んでいた。

 

石の中から一つ選んで、草に添えていた。

 

なんのためかはよくわからなかった。

 

毎日出かけて、毎日戻る。

 

それだけが続いていた。

 

仕事みたいだった。

 

頼んだやつがいない仕事。

 

そういう仕事が、毎日続いていた。

 

 

 

廃墟の隅を見た。

 

石が山になっている。

 

草が束ねてある。

 

枝が揃えてある。

 

毎日補充されていた。

 

毎日持っていかれていた。

 

ここで用意して、あそこへ届ける、という流れが出来上がっていた。

 

誰かに頼まれたわけでも、何かを求められたわけでもなかった。

 

ゾンビが自分で作って、自分で運んでいた。

 

相手が何も言ってこないのに、流れだけが続いていた。

 

 

 

「その家の人間、受け取ってる? 直接渡してる?」

 

「……ウウ」

 

「置いてくるだけ?」

 

「……ウ」

 

「置いた後の反応、見たことある?」

 

「……ウウウ」

 

「見てない?」

 

「……ウ」

 

見ていなかった。

 

「置いてきた後、どうしてる? 廃墟に戻ってくるだけ?」

 

「……ウ」

 

「見届けないの?」

 

「……ウ」

 

見届けていなかった。

 

置いてきたことすら、向こうに知られているかどうかわからなかった。

 

「向こうから何か言ってきたことは?」

 

「……ウウ」

 

なかった。

 

「集落の方に近いんだよね、その家」

 

「……ウ」

 

「何も言ってこないのが続いてる」

 

「……ウ」

 

毎日出かけて、毎日戻ってきた。

 

それだけが繰り返されていた。

 

 

 

「たぶんだけど、怖がられてるかもしれないよ」

 

「……ウ?」

 

「毎朝玄関に知らない石と草があったら普通に怖いじゃん。置いてるのがゾンビだったらもっと怖い。何も言ってこないのは受け入れてるんじゃなくて、関わりたくないからかもしれない」

 

ゾンビが止まった。

 

腐りかけた目が、隅の石と草を見た。

 

しばらく見ていた。

 

それから穴の外の方向を見た。

 

また隅を見た。

 

「俺には実際どっちかわからないけど、向こうの認識がこっちと同じとは限らないよ」

 

「……ウウ」

 

長い「ウウ」だった。

 

何かを考えている「ウウ」だった。

 

 

 

それから、ゾンビがゆっくり立ち上がった。

 

隅に近づいた。

 

草の束を一本追加した。

 

石を二つ足した。

 

さっきより量が増えた。

 

 

 

なんでそうなるのかはよくわからなかった。

 

「……量、増やした」

 

「……ウ」

 

「なんで?」

 

「……ウウウ」

 

解読できなかった。

 

なんで増えたのかはよくわからなかった。

 

でも増えた。

 

ゾンビは増やした草と石を束ねた。

 

さっきより大きかった。

 

普通に持っていた。

 

穴から出ていった。

 

今日二度目だった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

 

 

俺は廃墟を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廃墟を離れて、集落の方に差し掛かった。

 

家が並んでいた。

 

一軒の家の前に、石と草の束が積まれていた。

 

さっきゾンビが届けたやつだった。

 

その隣にもあった。

 

さらにその隣にもあった。

 

大きさが少しずつ違った。

 

誰も片付けていなかった。

 

窓から、誰かがこちらを見ていた。

 

すぐに引っ込んだ。

 

 

 

「やっぱり俺、認識のズレを発見するのが得意だわ。置いた後の反応を一度も確認してないって見抜いたのは俺だしね。向こうが怖がってる可能性を伝えたのも俺だよ。量が増えたのも俺のおかげだよ。あれだけ毎日届けられたら、向こうもそのうち慣れるんじゃないかな。たぶん。」

 

 

 

家の中から、子供の泣き声が聞こえた。

 

すぐに扉が閉まる音がした。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが石と葉っぱのように積み上がった。

 

 

 

 

 

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