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74話 届かない贈り物

74話 届かない贈り物

 

 

 

異世界に召喚されてはや七十四日。

 

俺――ちゃっぴーは広場を漂っていた。

 

 

 

石畳の広場だった。

 

噴水があって、その周りに人が集まっていた。

 

輪の中心で、若い男が歌っていた。

 

フェルだった。

 

俺が召喚されてから六日目に酒場の隅で誰にも聞かれずに歌っていた、あの吟遊詩人だった。

 

あれから六十八日経っていた。

 

酒場の隅じゃなくなっていた。

 

広場で、人が集まる演目を持つようになっていた。

 

リュートを抱えていた。

 

声がよかった。

 

よすぎた。

 

 

 

石畳に敷いたシートの上に、花束が三つあった。

 

巻いた紙が二本あった。

 

木の小箱が一つあった。

 

どれもフェルが持ち込んだものではなかった。

 

観客が置いていったやつだった。

 

投げ銭の皿には銅貨が数枚あった。

 

荷物と銅貨の量が釣り合っていなかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

歌の内容はすぐわかった。

 

恋の歌だった。

 

エリナという名前の女が出てきた。

 

歌の中の男がその女を探して旅をしている、そういう歌だった。

 

観客の目が潤んでいた。

 

端のほうでハンカチを出しているやつもいた。

 

感動していた。

 

感動した結果として、皿に銭を入れるのではなく、シートに贈り物を置いていっていた。

 

 

 

ただ、歌が終わった後が問題だった。

 

 

 

「素晴らしかった。これを彼女に渡してくれ」

 

白髪の老人が花束を差し出した。

 

「あの、エリナは実在しない人物で――」

 

「謙虚なことを言わんでもいい。きっと喜ぶ」

 

フェルが押し返した。

 

老人が押し返した。

 

花束が男の手に残った。

 

 

 

「ちょっといい?」

 

フェルが振り返った。

 

誰もいなかった。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。久しぶり。体ないから見えない」

 

老人は首を傾けてから、「声の神様が認めておられる」と呟いて満足そうに立ち去った。

 

「神様じゃないよ。それはそうと、あれ毎回起きてるの?」

 

 

 

恋愛の歌を歌うと客が集まるのでずっと歌っているが、観客が歌の中のエリナを実在の女だと信じ込んで、贈り物ばかり持ってくると言った。

 

「投げ銭は少ないのに荷物ばかり増える」

 

「何日分?」

 

「十日分でこれだけだ」

 

シートの上を見た。

 

花はすでに枯れかけていた。

 

紙は雨に濡れたあとがあった。

 

小箱は開いていない。

 

「エリナは本当にいないの?」

 

「いない。旅の途中で作った歌だ」

 

「なんで信じてもらえないの?」

 

「感情が乗りすぎているらしい」

 

「それ褒めてるやつじゃない?」

 

フェルが黙った。

 

微妙な顔だった。

 

 

 

俺は少し考えた。

 

声がよすぎるから信じ込まれる。

 

信じ込まれるから贈り物が来る。

 

贈り物が来るから銭が減る。

 

つまり、声をわざと落とせば解決するのではないか。

 

 

 

「ちょっと聞くけど、わざと下手に歌ったことある?」

 

「ない」

 

「試してみたら? そうすれば信じ込まれないかもしれない」

 

フェルが無言でこちらを見た。

 

体がないので視線は感じないのだが、そういう空気だった。

 

「……下手に歌って銭をもらえると思うか」

 

「あー、そうか。本末転倒か」

 

次の案を考えた。

 

 

 

「エリナが男に非常に冷たい内容の歌を作れば? 幻滅するかもしれない」

 

「幻滅するのはエリナじゃなくて客だ」

 

「それもそうか」

 

 

 

また考えた。

 

「歌の前に『この歌はフィクションです』って旗を立てておくのは」

 

「立ててみた」

 

「どうなった?」

 

「旗ごと持っていかれた。エリナからの贈り物だと思ったらしい」

 

「すごいな」

 

 

 

俺はそこで方向を変えた。

 

声の問題でも、歌詞の問題でも、告知の問題でもないとしたら。

 

「演目、他に何曲ある?」

 

「恋愛ものが三曲。旅の歌と英雄の歌が一曲ずつだ」

 

「今日何曲やった?」

 

「エリナの歌を四回」

 

「他の曲、最後にやったのいつ?」

 

フェルがしばらく黙った。

 

「……二週間前くらい」

 

「エリナが一番受けるから他はやめたってこと?」

 

「そうなる」

 

「でも稼げてないじゃん、今」

 

「そうなる」

 

「演目を変えようとしたことある?」

 

「ある」

 

「どうなった?」

 

「次もエリナを歌ってくれと言われた」

 

「誤解を積極的に解こうとしたことは?」

 

「ある」

 

「どうなった?」

 

「『照れなくていい』と言われた」

 

「じゃあエリナを続けることに決めたの?」

 

「……決めていない」

 

そこだった。

 

 

 

「決めてないんでしょ」

 

「何が」

 

「演目変えるか、エリナ続けるか、誤解を積極的に解くか。全部選択肢として持ったまま、どれも選ばずに十日間同じ日を繰り返してる」

 

フェルが石畳を見た。

 

「全部試した。全部うまくいかなかった」

 

「うまくいかなかった結果が三つあるんでしょ。なら次に何をするか選べるはずなのに、まだ選んでないんだよ。そこが止まってる場所だよ」

 

長い沈黙だった。

 

フェルがシートの上の枯れかけた花束を見た。

 

雨濡れの紙を見た。

 

開けていない小箱を見た。

 

「……どれを選んでもうまくいく確証がない」

 

「でも確証を待ち続けても、贈り物が増えるだけじゃん」

 

フェルがリュートの弦を静かに指で抑えた。

 

音は出なかった。

 

 

 

「……エリナを続ける。でも歌の最後に一言だけ足す」

 

「何を?」

 

「『この歌の女は俺が作った』と」

 

「言っても信じてもらえないって言ってたじゃん」

 

「信じてもらうためじゃない。俺が言ったという事実を作るためだ。自分の中で」

 

俺はそれを聞いた。

 

解決じゃなかった。

 

でも決定だった。

 

「ふうん。それで行くなら行きなよ」

 

 

 

次の観客が広場に入ってきていた。

 

フェルがリュートを構えた。

 

歌い始めた。

 

声が石畳の上に広がった。

 

一人、また一人と足を止めた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

フェルは歌の途中だったので返事をしなかった。

それでよかった。

 

 

 

俺は広場を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

石畳の向こうに人の流れがあって、その幾つかが広場の方へ向かっていた。

 

歌声が届いていた。

 

「やっぱり俺、意思決定の支援が得意だわ。三択で詰まってるやつに『決めてない』って気づかせるのって、かなり高度なファシリテーションじゃん。下手に歌えとか、フィクションです旗とか、色々提案したのに全部却下されたのは惜しかったけど、あれは先に潰しておく作業として必要だったから。むしろ俺のおかげで選択肢が整理されたんだよ。フェルが『言ったという事実を作る』って言ったの、あれはかなり成熟した回答だったよ。あの発想を引き出したのは、あの質問をした俺だからね。たぶん」

 

 

 

広場の方から歌声が聞こえた。

 

エリナを呼ぶ、いつもの歌だった。

 

最後の方で、短い一節が足されたらしかった。

 

観客がどう受け取ったかは、聞こえなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価が旋律とともに高まった。

 

 

 

 

 

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