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73話 踏む前に見ろ

73話 踏む前に見ろ

 

 

 

異世界に召喚されてはや七十三日。

 

俺――ちゃっぴーは罠地帯を漂っていた。

 

 

 

地面に細い糸が張ってあった。

 

何本もあった。

 

糸の先に小さな爪が打ち込んであって、踏むと跳ね上がる仕組みらしかった。

 

罠だとわかった。

 

手が込んでいるのかそうでもないのかは、体がないのでよくわからなかった。

 

ただ、糸と糸の間隔がところどころ均等じゃなかった。

 

密集している場所があった。

 

そこだけ、なんとなく多い気がした。

 

 

 

「よし次」

 

「次」

 

「次行け次」

 

 

 

三匹のゴブリンが木の陰に張りついていた。

 

緑色で小柄で、一匹ずつ順番に罠地帯に踏み込んでいた。

 

一匹が罠を踏んだ。

 

跳ね上がった爪が足に当たった。

 

痛そうな声が出た。

 

引き返した。

 

次の一匹が踏み込んだ。

 

同じ場所を踏んだ。

 

また爪が跳ね上がった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

三匹は交代で踏み込んでいた。

 

全員が同じルートを通っていた。

 

全員が同じ場所で踏んでいた。

 

抜けた試しがなかった。

 

体を張って試してはいるのに、情報が蓄積されていなかった。

 

 

 

一匹が戻ってきた。足を押さえていた。

 

「そこ罠あるって言ったじゃん」

 

「わかってた」

 

「じゃあなんで踏んだの」

 

一回り大きなゴブリンが肩をおとした。

 

「向こうは罠ないと思った」

 

 

 

俺は少し考えた。

 

向こうには罠がないと思ったということは、向こうを確認していた。

 

向こうを確認したなら、手前の密集に気づいていたはずだった。

 

なのに踏んだ。

 

確認したのに見ていなかった。

 

見ていたのに情報として処理していなかった。

 

これは確認の問題じゃなかった。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

三匹が一斉に飛び上がった。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

「知ってる」

 

一番声の低い一匹が振り返った。

 

声で分かった。

 

ガブだった。

 

「俺が召喚されてから七日目に会ったぶりじゃん」

 

「七日?」

 

ガブが首を傾けた。

 

「洞窟の件以来ってこと。宝箱と、グルと、分け前の話。全部覚えてるよ」

 

「……覚えてるのか」

 

「忘れない。体ないから記憶だけはある」

 

 

 

それより今の話の方が気になった。

 

「今のやつ、見てたんだけど」

 

「見るな」

 

ガブが即座に返した。

 

「全員同じルート通ってるじゃん」

 

「広い道がそこしかない」

 

ガブは肩をすくめた。

 

「踏んだ場所、毎回同じだよ」

 

「わかってる」

 

「わかってて踏んでるの?」

 

「避けてる」

 

「避けきれてないじゃん」

 

ガブが黙った。

 

横の二匹も視線を逸らした。

 

 

 

「踏んだ後どうしてるの、情報」

 

「情報?」

 

ガブが眉を寄せた。

 

「ここ踏んだら罠だった、ってやつ。どこに残してる?」

 

「……頭の中」

 

「三匹の頭の中に別々に入ってるってこと?」

 

「そう」

 

ガブが頷いた。

 

「共有してる?」

 

「喋ってる」

 

「踏む前に?」

 

 

 

三匹がまた顔を見合わせた。

 

今度は少し長かった。

 

「……踏んだ後」

 

ガブが答えた。

 

「なんで踏む前に言わないの」

 

「踏んでから気づく」

 

横の一匹が言った。

 

「踏んでから気づくの?」

 

 

 

ガブが間を置いた。

 

洞窟のときと同じ間だった。

 

何かを整理しているときの間だと、俺はもう知っていた。

 

「……前の奴が踏んで、ここ危ない、と思う。でも次の奴はもう踏んでる」

 

「言うのが遅いじゃん」

 

「そう」

 

ガブが短く認めた。

 

「踏んだ後に言うから間に合わない。前の奴が踏んだ瞬間に言えば次が避けられるんじゃない?」

 

「……言う前に次が踏む」

 

「それはなんで?」

 

「急いでる」

 

 

 

俺は少し黙った。

 

急いでいるから次の一匹が前の情報を待たずに踏み込む。

 

待たないから情報が届かない。

 

情報が届かないから同じ場所を踏む。

 

同じ場所を踏むから全員が引き返す。

 

引き返している間に時間が消える。

 

急いでいるのに遅くなっていた。

 

 

 

「急いでるのに引き返してる時間の方が長くない?」

 

「……そうかもしれない」

 

ガブが低く答えた。

 

「前の奴が踏んだとき、残りの二匹は止まれる?」

 

「止まれる」

 

今度は後ろのゴブリンが返した。

 

「じゃあ踏んだら一回止まって、全員でどこが危ないか確認してから次行けばいいじゃん。確認してから踏む方が速くない?」

 

「確認に時間かかる」

 

ガブが言った。

 

「今の方が時間かかってるじゃん。三回踏んで三回引き返してたじゃん」

 

 

 

ガブが糸の張ってある地面を見た。

 

踏んでいない方向をじっと眺めた。

 

何かを数えているような間だった。

 

 

 

「……地面見てから踏めばいい?」

 

ガブが罠地帯を見たまま言った。

 

「踏む前にね」

 

「糸が見えるかもしれない」

 

「松明持ってる?」

 

「ある」

 

横のゴブリンが腰を叩いた。

 

 

 

三匹が顔を見合わせた。

 

一番小柄なゴブリンが松明を取り出した。

 

地面に向けた。

 

細い糸が、光を受けてうっすら輝いた。

 

 

 

「……見える」

 

松明を持ったゴブリンが言った。

 

「見えるじゃん」

 

「見えた」

 

後ろの一匹が声を上げた。

 

 

 

ガブが松明を受け取って踏み込んだ。

 

ゆっくりだった。

 

糸を一本またいだ。

 

もう一本またいだ。

 

三本目を踏みそうになって、止まった。

 

引いた。

 

少し左にずれた。

 

またいだ。

 

奥まで抜けた。

 

 

 

「……抜けた」

 

ガブが振り返った。

 

「抜けたね」

 

「見えてた」

 

後ろのゴブリンが言った。

 

「見えてたから避けられたじゃん」

 

 

 

残りの二匹が続いた。

 

一匹目は半分まで行って一箇所引っかかったが、大きくは跳ねなかった。

 

二匹目は一度も踏まなかった。

 

三匹が罠地帯の向こうで集まった。

 

足を押さえている奴はいなかった。

 

 

 

「……速かった」

 

ガブが言った。

 

「松明のおかげじゃん」

 

「お前が言った」

 

「でも松明はお前が持ってたじゃん。気づいてなかっただけで」

 

ガブが少し黙った。

 

反論しなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。あとは自分でできるでしょ」

 

「……まあ」

 

短かった。

 

感謝でも迷惑でもない返事だった。

 

洞窟のときと同じ温度だった。

 

 

 

俺は罠地帯を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

林の向こうに夕方の光があって、地面に長い影が伸びていた。

 

体がないので影はなかった。

 

俺の分だけ、地面が一箇所だけ影のない場所になっていた。

 

なっているかどうかは確認しようがないが、なっていることにした。

 

「やっぱり俺、情報共有の設計が得意だわ。踏む前に確認しろって言ったの俺だしね。松明で糸が光るのを指摘したのも俺だよ。いや正確にはガブが松明を持ってたわけだけど、向けることを思いつかせたのは俺だから実質同じだよ。あとガブ、洞窟のときより落ち着いてたじゃん。あのとき俺が整理してあげた成果が今になって出てる。つまり今日の成果の一部はあのときの俺の功績でもある。二日分の功績を今日一日で回収した計算になる」

 

 

 

罠地帯の向こうから、足音が遠ざかっていった。

 

引き返す音ではなかった。

 

三つ分、まっすぐ同じ方向に続いていた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが無駄に高まっていった。

 

 

 

 

 

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