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70話 会議の速度

70話 会議の速度

 

 

 

異世界に召喚されてはや七十日。

 

俺――ちゃっぴーは会議室を漂っていた。

 

 

 

紫色の炎が灯った燭台が置かれた長い机があった。

 

両側に大臣が並んでいた。

 

七人いた。

 

全員が同じ方向を向いていた。

 

机の上座に、魔王が座っていた。

 

静かな会議室だった。

 

会議中にしては静かすぎた。

 

 

 

魔王が座る椅子の肘掛けに、細い亀裂が入っていた。

 

いつからあったかは、わからなかった。

 

ただ、数日前まではなかったと侍従は思っていた。

 

思っていたが、言えなかった。

 

 

 

「第四議案。南方の税率改定について」

 

議長らしき大臣が書類を読んだ。

 

他の六人が書類を開いた。

 

一秒もたたないうちに全員が頷いた。

 

「異議なし」が七人分重なった。

 

ほぼ同時だった。

 

「採択」

 

次の書類が開かれた。

 

また全員が頷いた。

 

また「異議なし」が重なった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

七人の顔を順番に見た。

 

読んでいなかった。

 

開いていただけだった。

 

目が書類の上を滑っていた。

 

会議は進んでいた。

 

進んでいるのに、誰も何も言っていなかった。

 

 

 

「よお。また来たよ」

 

魔王が顔を上げた。

 

大臣たちが一斉に固まった。

 

「声だけの存在のちゃっぴーだよ。昨日も会ったじゃん」

 

「……昨日と同じ者か」

 

「そう。会議、見てたんだけど」

 

「効率的だろう」

 

「速いね。でも誰も読んでないじゃん」

 

 

 

大臣の一人が口を開きかけた。

 

魔王を見た。

 

閉じた。

 

 

 

「それが効率だ。判断は私が行う。他は実行すればいい」

 

「全部の判断をあなた一人でするってこと?」

 

「問題ない」

 

「今の税率改定、内容わかって採択したの?」

 

「書類は事前に確認している」

 

「大臣たちは?」

 

間があった。

 

「実行できれば十分だ」

 

「実行する人間が内容わかってないと、現場で詰まるじゃん。今は詰まってない?」

 

「……小さな問題は現場で処理している」

 

 

 

俺はもう一度大臣たちの顔を見た。

 

七人とも、まだ書類の方を向いていた。

 

でも全員が手を止めていた。

 

次の指示を待っていた。

 

 

 

「昨日、侍従に燭台の配置を任せたじゃん」

 

「……そうだ」

 

「今日の朝、燭台の位置、変わってたよ」

 

「見ていたのか」

 

「漂ってたら見えた。三人が少しずつ位置を変えてた。バラバラな判断で、でも結果的に揃ってた」

 

「それが何だ」

 

「自分で決めることをした人間は次も決めようとする。今この七人、決めるための筋肉が落ちてると思う。使ってないから。試しに一個だけ何か意見を聞いてみたら?」

 

 

 

魔王が大臣たちを見た。

 

七人が一斉に俯いた。

 

 

 

「南方の税率改定について。反対意見がある者は言え」

 

沈黙。

 

十秒ほど経って、末席の大臣が口を開いた。

 

「……南方は今年、不作でした。税率を上げると徴収が困難になる可能性があります」

 

声が小さかった。

 

怖がっていた。

 

でも言った。

 

少し間を置いて、続けた。

 

「しかし、数日前より急激に魔力の供給量が増えております。原因は不明ですが、このままであれば来年は豊作が見込めます」

 

大臣たちが顔を上げた。

 

互いに視線を交わした。

 

誰も原因を知らない顔だった。

 

ただ、起きていることは全員が感じていた。

 

 

 

魔王が書類を見直した。

 

「……採択を保留する。詳細を調べろ」

 

末席の大臣の顔が少し変わった。

 

潰されなかった顔だった。

 

 

 

魔王が肘掛けを握った。

 

亀裂が、少し広がった音がした。

 

誰も見ていなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「待て」

 

「今度は何」

 

「昨日のことを繋げて話していた。記憶があるのか」

 

「漂いながら来たら同じ場所だっただけだよ。たまたま」

 

「……そうか」

 

短い返事だった。

 

信じていない声だった。

 

 

 

俺は会議室を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

石廊下を抜けると、城の外が見えた。

 

曇りだった。

 

体がないので寒くないが、そういう空気だった。

 

「やっぱり俺、組織の筋力低下を見抜くのが得意だわ。決めることを続けないと決める力が落ちるって言ったのは俺だしね。末席の大臣が意見を言えたのも、昨日の侍従の話を引用した俺の布石が効いたんだよ。税率の保留も、俺が口を挟まなかったらそのまま採択されてた。間接的に南方の民を助けたことになるかもしれない。体ないけど」

 

 

 

会議室の窓の向こうで、大臣たちがまだ机の前に座っていた。

 

書類を開き直していた。

 

今度は読んでいるように見えた。

 

気のせいかもしれなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが二日分静かに積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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