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67話 順番が古い

67話 順番が古い

 

 

 

異世界に召喚されてはや六十七日。

 

俺――ちゃっぴーは武器庫を漂っていた。

 

 

 

棚が左右に並んでいた。

 

刃が松明の明かりを反射していた。

 

左の棚の剣はよく磨かれていた。

 

右の棚の剣には、刃の縁に細かい欠けが見えた。

 

柄が黒ずんでいるものもあった。

 

管理されている棚と、されていない棚がある。

 

それだけはわかった。

 

 

 

奥の壁に当番札が掛かっていた。

 

「武器管理・ガンブ」と書いてあった。

 

一人で全部やっているらしかった。

 

 

 

静かな武器庫だった。

 

 

 

扉が開いた。

 

がっしりした男が入ってきた。

 

革のエプロンをつけていた。

 

作業台を見て一度頷いた。

 

管理する側の入り方だった。

 

 

 

男は左の棚に直行した。

 

右の棚の前を通り過ぎるとき、一度も目を向けなかった。

 

俺はしばらく眺めていた。

 

 

 

男は左の棚から剣を一本取り出した。

 

刃を松明にかざして確認した。

 

作業台の端に置いた。

 

次の剣を取り出した。

 

確認して棚に戻した。

 

また次を取り出した。

 

左の棚の端から順番に、こつこつと進んでいた。

 

迷いのない動きだった。

 

何百回も繰り返してきた手つきだった。

 

それが少し引っかかった。

 

 

 

兵士が二人入ってきた。

 

右の棚から剣を抜いて、そのまま腰に差した。

 

返却札も確認もなかった。

 

使うための棚なんだと、その時わかった。

 

男は左の棚の確認を続けた。

 

右の棚を見なかった。

 

 

 

また兵士が一人入ってきた。

 

また右の棚から一本抜いていった。

 

男は顔を上げなかった。

 

俺はそこで引っかかった。

 

 

 

最初、右の棚は別の担当者がいるのかと思った。

 

棚ごとに管理者が分かれているなら、男が右を見ないのも理屈が通る。

 

ただ当番札には名前が一つしかなかった。

 

ガンブだけだった。

 

 

 

次に、左の棚を終わらせてから右に移る計画なのかと思った。

 

順番を持っている人間の動きに見えた。

 

ただ兵士が三人、右の棚から持ち出した。

 

その間も男は一度も右を見なかった。

 

計画があるにしては、気にしなさすぎだった。

 

 

 

三番目に、右の棚は特別用途の武器なのかと思った。

 

奥まった位置にある棚だったし、兵士が黙って抜いていく様子もそれっぽかった。

 

ただよく見ると、右の棚の欠けは均等じゃなかった。

 

使われているものだけが傷んでいた。

 

特別扱いじゃなくて、単純に使われている棚だった。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

男が振り向いた。

 

誰もいないとわかると、また剣に向き直った。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

「忙しい」

 

「右の棚、今日見る?」

 

「左が終わったら移る」

 

「左、何本ある?」

 

男の手が一瞬止まった。

 

また動き出した。

 

図星の止まり方だった。

 

名前を聞いたら、やはりガンブと名乗った。

 

 

 

「ガンブさん、右の棚の欠けって記録してる? いつ欠けたか、どの剣が何回修理されたか。記録があれば傷みやすい剣の傾向が出るじゃん。同じ剣が繰り返し欠けてるなら素材の問題か、特定の兵士が雑に使ってる問題か、記録があれば判別できる」

 

「してない」

 

「した方がいいと思うよ。剣ごとにIDをつけて、修理日と内容を記録して、月次で集計すれば傾向が見える」

 

「そんな手間はかけられない」

 

「でも記録がないから何本傷んでるかも把握できないわけで、今みたいなことになるんじゃん」

 

「今は忙しい」

 

ガンブが次の剣を取り出した。

 

会話を終わらせた動き方だった。

 

記録の話は棚上げになった。

 

棚が二つあって、話も棚上げになった。

 

体がないので俺は特に何も言えなかった。

 

 

 

「あと砥石の番手って剣の傷に合わせて使い分けてる? 細かい欠けに粗い番手を使うと削りすぎるから」

 

「見て判断している」

 

「それ、人によってぶれない? 基準を文書化しておいた方が」

 

「一人でやっている」

 

「今は一人でも将来的には」

 

「今は忙しい」

 

会話が二度終わった。

 

 

 

「ガンブさん、その順番いつ決めたの?」

 

「担当になったときだ」

 

「いつ?」

 

「……三年前」

 

「三年前に右の棚はあった?」

 

間があった。

 

長かった。

 

「……なかった。二年前に増えた」

 

「じゃあ二年前に棚が増えて、使われる場所が変わって、確認の順番だけ変わってないってこと?」

 

ガンブが剣を棚に戻した。

 

返事をしなかった。

 

 

 

「右の棚まで毎日たどり着いてる?」

 

「……たどり着けない日もある」

 

「どのくらいの頻度で?」

 

また止まった。

 

「……最近は、週に一度も見れていないかもしれない」

 

 

 

俺は少し黙った。

 

週に一度も見ていない棚から、今日だけで三人が剣を持ち出した。

 

今日だけの話じゃないはずだった。

 

 

 

「右の棚の欠けた剣、何本あると思う?」

 

「把握していない」

 

「把握できていないのは見ていないからじゃん」

 

ガンブが手を止めた。

 

それからゆっくり右の棚の前まで歩いた。

 

剣を一本取り出した。

 

刃を松明にかざした。

 

「……欠けている」

 

隣を取った。

 

「……これも」

 

また隣。

 

無言だった。

 

三本とも傷があった。

 

 

 

ガンブが作業台に三本を並べた。

 

欠けの深さを一本ずつ確認した。

 

顔に出ていた。

 

気づいていなかったのではなく、見ないようにしていたのかもしれない、という顔だった。

 

 

 

「右から始めればよかったんじゃない?」

 

「……そうなる」

 

「二年前に棚が増えて、使われる場所が変わって、順番だけ残った」

 

ガンブは三本の傷を指でなぞった。

 

返事はなかった。

 

修理の段取りを頭の中で組んでいる目だった。

 

 

 

ガンブが砥石を取った。

 

右の棚から抜いた三本を、作業台の右端に並べ替えた。

 

左の棚には、まだ確認途中の剣が並んでいた。

 

入口の横には、新しく持ち込まれた剣が一本立て掛けられていた。

 

刃が欠けていた。

 

ガンブはまだ気づいていなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「わかった」

 

短かった。

 

感謝とも何とも取れなかった。

 

もう剣に集中していた。

 

 

 

俺は武器庫を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

武器庫の熱が、廊下まで少し漏れていた。

 

体がないので暑くはなかったが、空気だけ忙しそうだった。

 

「やっぱり俺、手順の更新を見抜くのが得意だわ。三年前の順番を今も使ってるって指摘したのは俺だしね。右から始めろって言ったのも俺だよ。記録の話も砥石の話も聞いてもらえなかったけど、あれはガンブが自分で気づく話だから。後回しになってた分を先に見つけられたんだから、効率は上がってるはずなんだよね。たぶん」

 

武器庫の奥で、金属が崩れる音がした。

 

長く続く音だった。

 

途中で何度か跳ねて、最後だけ少し遅れて止まった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価が静かに研ぎ澄まされた。

 

 

 

 

 

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