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64話 たぶんで動く港

64話 たぶんで動く港

 

 

 

異世界に召喚されてはや六十四日。

 

俺――ちゃっぴーは港を漂っていた。

 

 

 

朝だった。

 

霧が薄く残っていた。

 

桟橋に船が何隻も並んでいた。

 

出港する時間帯だとわかった。

 

なのに出ていなかった。

 

 

 

甲板の上で漁師たちが座っていた。

 

縄を手に持ったまま動かなかった。

 

一人だけ立ちかけて、また座った。

 

立ちかけて、また座った。

 

三回繰り返した。

 

船長らしかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めた。

 

縄が問題なのかと思ったが、きれいに結んであった。

 

船底に穴が開いているのかと思ったが、普通に浮いていた。

 

漁師たちが喧嘩したのかと思ったが、誰も口をきいていないだけで仲が悪そうにも見えなかった。

 

視線が沖ではなく、港の奥に向いていた。

 

待っていた。

 

 

 

隣の桟橋の船も動いていなかった。

 

その隣も動いていなかった。

 

港全体が止まっていた。

 

霧の中に船が並んで、全部が同じ方向を向いて止まっていた。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

甲板の男が振り返った。誰もいないとわかると、また港の奥を向いた。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

「……忙しい」

 

「動いてないじゃん」

 

「待ってる」

 

「何を?」

 

「相場だ」

 

 

 

名前を聞いたらロッツと言った。

 

今日の買取価格が出ないと何を狙いに行けばいいかわからない、と言った。

 

 

 

「仲買人はなんで相場を出さないの」

 

「船が何を持ってくるかわからないと買い付け先に連絡できないから、と言っている」

 

「買い付け先は?」

 

「仲買人から連絡がないと荷車の手配ができないと言っている」

 

「荷車は?」

 

「積む量が決まらないと人足が集められないと言っている」

 

 

 

俺はしばらく考えた。

 

全員が誰かを待っていた。

 

一周していた。

 

輪になって全員が止まっていた。

 

 

 

「これ、いつからこうなの?」

 

「二週間だ」

 

「二週間、港全体が止まってたの?」

 

「出た日もある。ただ三回、相場の読みを外してから、全員が確定情報しか動かなくなった。読みを外すと損が出る。だから誰も先に動かない」

 

「確定が出ないから全員止まってる」

 

「そうなる」

 

 

 

俺はまた観察した。

 

漁師たちの服がよれていた。

 

水を飲んでいなかった。

 

船の荷台が空のまま、二週間そのままの空き方をしていた。

 

体がないので感触はわからないが、長く止まっている場所の匂いがした。

 

 

 

「今日の海の状況は?」

 

「北の瀬に鯵の群れが出ている。昨日から動きがあった」

 

「それ、仲買人に言った?」

 

「言っていない。確定じゃないから」

 

「確定じゃない情報を言ったらいけないの?」

 

「……失敗が続いてから、確定以外は言わない空気になった」

 

「今は何も言わなくて止まってるじゃん。確定以外言わないで全員止まるのと、たぶんで言って動かすの、どっちがマシなの?」

 

 

 

ロッツが黙った。

 

隣の桟橋の船を見た。

 

港の奥を見た。

 

立ちかけて、止まった。

 

 

 

「……たぶんで言っていいのか」

 

「三回外れて気まずくなったのはわかるよ。でも今は何も言わなくても止まってるじゃん。言って外れる方が少なくとも動けるでしょ」

 

 

 

ロッツが立ち上がった。

 

今度は座らなかった。

 

桟橋を歩いて、港の奥の小屋に向かった。

 

 

 

仲買人の名前はオックといった。

 

ロッツが「北の瀬に鯵が出ている。たぶん一船分は獲れる」と言った。

 

オックが「たぶんで確定か?」と返した。

 

ロッツが「たぶんだ」と言った。

 

オックが少し間を置いた。

 

「北の瀬は昨日も動きがあった。仮押さえで連絡を出す」

 

 

 

連絡が届いた。

 

買い付けが荷車に声をかけた。

 

御者が人足を集め始めた。

 

 

 

港が動いた。

 

縄が解かれた。

 

船が桟橋から離れ始めた。

 

三隻、四隻と続いた。

 

二週間止まっていた港が、たぶん一言で動いた。

 

 

 

ロッツが出港前に短く言った。

 

「……動いた」

 

「動いたね」

 

「確定じゃなくても動いた」

 

「全員が確定を待ってただけで、たぶんで動けたじゃん」

 

ロッツが短く息を吐いた。感謝とも呆れとも取れない息だった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。出港できたでしょ」

 

「……まあ、できた」

 

複雑な顔だった。

 

 

 

夕方、騒がしくなった。

 

北の瀬の鯵が異常に群れていた。

 

一船分どころではなかった。

 

三船分が戻ってきた。

 

仮押さえは一船分だった。

 

買い手が足りなかった。

 

荷車が足りなかった。

 

港に魚があふれた。

 

オックが走り回っていた。

 

ロッツが困った顔で桟橋に立っていた。

 

 

 

俺は港を後にした。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

霧が晴れてきていた。

 

体がないので夕焼け色の光の温かさはわからないが、そういう光の色だった。

 

「やっぱり俺、連鎖停止の解除が得意だわ。全員が確定を待って止まってたのを、たぶんで動かせばいいって言ったのは俺だしね。港が動いたのは俺のおかげだよ。あと魚があふれたのは俺のせいじゃない。読みが当たりすぎたのはロッツの腕だから。たぶん。そもそも俺が来なかったら船が出なかったので魚もあふれなかったっていう話はあるけど、止まってた方がよかったとはならないじゃん。動いた先で起きる問題は動いてから解決すればいいんだよ。二週間止まってた問題の方が重かったし」

 

 

 

港の騒ぎが夜まで続く気配がした。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価が三船ぶん上がった。

 

 

 

 

 

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