63話 流れが変わった
63話 流れが変わった
異世界に召喚されてはや六十三日。
俺――ちゃっぴーは岩場の水辺を漂っていた。
岩の多い場所だった。
隙間を縫うように細い水路ができていて、上から下へちょろちょろと流れていた。
はずだった。
上流の水たまりが溢れかけていた。
水位が上がりすぎていた。
下流はその逆で、底の泥が露出し始めていた。
水が来ていなかった。
俺は最初、上流の水源が増えたのかと思った。
雨でも降ったのか、と。
違った。
下流が干上がっているだけだった。
上から下に流れているはずのものが、どこかで止まっていた。
次に、岩がずれたのかと思った。
地震でもあって隙間が塞がったのか、と。
違った。
隙間はあった。
隙間に、青いものがいた。
スライムだった。
体を薄く伸ばして、岩の細い隙間を這っていた。
ゆっくりだった。
振動がなかった。
水の流れを完全に塞いでいた。
俺はしばらくそれを眺めた。
通り抜けているのではなく、詰まっていた。
いや、通り抜けようとしていた。
ただ、うまくなりすぎていた。
「よお ちょっといい? ぷるちゃん?」
スライムがぷるっと震えた。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。久しぶり。俺が召喚されてから三十九日以来」
スライムがぷるっと震えた。
覚えているのか覚えていないのかわからない震え方だった。
「まあいいや。上流、見た? 溢れかけてるよ。下流は逆に干上がってる。お前がその隙間に挟まってるからだけど、気づいてた?」
スライムがぷるぷると震えた。
気づいていなかった震え方だった。
「責めてないよ。むしろ感心してる。その動き、前に俺が言ったやつじゃん。ゆっくり、振動を減らして、体を薄く伸ばして隙間を通る。完璧に身についてる。うまくなりすぎた。それが問題」
スライムがぷるっと震えた。
「昔のお前、隙間をもっと速く通ってたと思う。だから栓になる時間が短かった。今のお前はゆっくり丁寧に通るから、その間ずっと水が止まる。しかも体の制御が上がったせいで隙間にぴったりはまるようになってる。すごい。すごいんだけど、完全に栓だよ。コルク。岩に対してのコルクがスライム。悪意はないのに閉じてる。そういう状態」
スライムがぷるぷると震えた。
「その隙間、通らなくていいんじゃない? 上から回れば?」
スライムがぷるぷると震えた。
上は急すぎて無理という感じの震え方だった。
「じゃあ速く通れ。ゆっくりじゃなくて一気に。コルクになってる時間が短くなれば水は流れる。技術は捨てなくていい。ここだけ速くすればいい。外に出たらまたゆっくりでいいから」
スライムがぷるぷると震えた。
嫌そうだった。
せっかく身についた動きを変えたくないのか、それとも速く動く感覚を忘れたのか、どちらかだった。
「ほんとここだけでいいから」
スライムがぷるっと震えた。
観念した感じの震え方だった。
スライムが一気に動いた。
隙間を速く通り抜けた。
水が来た。
細い流れが戻ってきた。
上流の水位が引き始めた。
下流の底が水に覆われ始めた。
戻った、と思ったとき、泥がうごめいた。
ワームだった。
頭を出してきた。
十匹、二十匹。
スライムが速く動いた振動が泥に伝わっていた。
反応して出てきていた。
またやつらが密集し始めた。
場所はちょうど、水が戻ってきた下流の水路の真ん中だった。
流れが戻ったのに、別のものが詰まっていた。
ワームが、水路に詰まっていた。
俺はしばらくそれを眺めた。
何も言わなかった。
言うことが思いつかなかった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
スライムがぷるっと震えた。
そのまま水面をゆっくり這い始めた。
隙間の外に出たので、もうゆっくりで構わなかった。
振動は少なかった。
ワームはまだ詰まったままだった。
俺は岩場を出た。
次なる宿主を求めて。
水は流れていた。
ワームが詰まっていた。
「やっぱり俺、成長の副作用を見抜く能力が高いわ。丁寧な移動が逆に栓になってたって気づいたのは俺だしね。速く通れって言って水流を戻したのも俺だよ。ワームがまた集まったのは振動の問題で、それは三十九日目に一度解決した話だからぷるちゃんが思い出せばどうにかなる。たぶん。今日のアドバイスと三十九日目のアドバイスが矛盾してるのは事実だけど、どちらも当時の状況には正しかったから。状況が変わったんだよ。成長したんだよ。ぷるちゃんが。俺のおかげで」
水の音が岩の間から聞こえた気がした。
体がないので気がしただけだが、たぶん流れていた。
ワームは詰まったままだった。
反省はゼロだった。
今日も静かに、水の流れのように自己評価が高まった。




