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62話 届かない地図

62話 届かない地図

 

 

 

異世界に召喚されてはや六十ニ日。

 

俺――ちゃっぴーは地下通路を漂っていた。

 

 

 

石造りの天井が低かった。

 

壁に松明が並んでいたが、どれも火が細くて暗かった。

 

五人が縦一列で進んでいた。

 

靴音を殺して、息を抑えて、前後の間隔を揃えていた。

 

整然としていた。

 

整然としすぎていて、前と後ろが別の集団みたいだった。

 

 

 

俺はしばらく眺めた。

 

先頭を歩く小柄な影が止まった。

 

後ろを振り返った。

 

手を横に動かした。

 

左を指していた。

 

後ろの四人は前を見ていなかった。

 

影が手を下ろした。

 

また前を向いた。

 

 

 

壁のひびを確認しながら進んでいるのかと思った。

 

暗い地下通路で足場を慎重に確かめているのかもしれないと判断した。

 

違った。

 

 

 

七歩進んでまた止まった。

 

また後ろを向いた。

 

今度は二本指で前方を示した。

 

後ろはまだ見ていなかった。

 

先頭の影が肩を落とした気配がした。

 

 

 

地下閉所で方向感覚を失って、仲間を確認することで位置を補正しているのかと思った。

 

暗所作業に慣れていない人間がよくやる行動だと判断した。

 

それも違った。

 

 

 

また止まった。

 

また後ろを向いた。

 

今度は手を大きく、はっきり、左に向けた。

 

三回目だった。

 

 

 

一方、通路の最後尾では、大柄な影が何かを言い続けていた。

 

小声だった。

 

通路が長くて前まで届かなかった。

 

前が何かを伝えようとして、後ろが何かを言い続けて、どちらも相手には届いていなかった。

 

 

 

先頭がガリルで、最後尾がカルロだとわかった。

 

その間に挟まれた三人のうちひとりはダリウスに似ていた。

 

弟だろうとあたりをつけた。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

五人が固まった。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。俺が召喚されてから三日目以来だね。また来た」

 

 

 

最後尾のカルロから声が来た。

 

「……またお前か」

 

「また俺。前の件、段取り通りいけた?」

 

「いけた。だから今ここにいる。静かにしろ」

 

 

 

「ガリル、三回後ろ向いてたじゃん。何を伝えようとしてるの」

 

俺は先頭まで移動して聞いた。

 

ガリルは振り返らずに声を絞った。

 

「分岐がある。三十メートル先に左の道が出てくる。昨日の地図にない道だ。左を行けば衛兵の詰め所を避けられる。右は直接ぶつかる」

 

「カルロには届いてないよ」

 

「わかってる。だから三回振り向いた」

 

図星の返事だった。

 

 

 

俺は最後尾に戻った。

 

「カルロ。今ガリルがそう言ってる。聞こえてる?」

 

「……なんで声の幽霊が知ってる」

 

「ガリルから聞いた。俺は前にも後ろにも行けるから。体ないんで」

 

「……何を言ってる」

 

「分岐がある。三十メートル先。左が正解。右は衛兵の詰め所。ガリルが昨日確認してる」

 

 

 

カルロが少し間を置いた。

 

「……ガリル、確かか」

 

 

 

カルロの声は先頭まで届かなかった。

 

俺が前に戻って伝えた。

 

「確かだ」とガリルが言った。

 

その返事も後ろには届かないので俺が最後尾まで運んだ。

 

「確かだそうだよ」

 

 

 

通路の奥で音がした。

 

右の方から来ていた。

 

足音だった。

 

「カルロ。急いで」

 

「……全員、左に逸れる。今すぐ」

 

 

 

俺は先頭に飛んだ。

 

「ガリル、左だって。今すぐ」

 

「わかった」

 

 

 

列が動いた。

 

分岐に差し掛かると全員が左に折れた。

 

右の奥で足音が大きくなり、また遠ざかった。

 

衛兵の巡回だった。

 

右を選んでいれば鉢合わせていた。

 

誰も声を出さなかった。

 

出せなかった。

 

 

 

しばらくして、最後尾でカルロが息を吐いた。

 

「……助かった」

 

感謝なのか独り言なのかわからない声だった。

 

 

 

先頭のガリルが立ち止まった。

 

「問題がある」

 

「何だ?」

 

「この道、地図と違う。先の扉も別の型になるはずだ」

 

 

 

間に挟まれた三人のうちのひとり、ダリウスに似た男が声を上げた。

 

「……型が違うと俺の準備が使えない」

 

「魔法錠の解法を三パターン用意してきた。全部、昨日の地図の扉を前提にしてる。この先が別の系統だったら、手持ちで開けられるかどうかわからない」

 

 

 

沈黙が広がった。

 

衛兵をかわしたのとは別の止まり方だった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

カルロの気配が動いた。

 

「待て」とガリルが言った。

 

通路に沿って声が重なった。

 

「衛兵は避けられたじゃん。あとは自分たちの問題でしょ」

 

「お前が余計な道に――」

 

「俺が何もしなかったらガリルの情報が届かないまま右に突っ込んでたよ。たぶん。それはよかったの?」

 

「……」

 

「ダリウスの弟の件は、地図が変わったことが問題で、それは俺のせいじゃないし」

 

「……そうだが」

 

 

 

返事はそれだけだった。

 

反論も、感謝もなかった。

 

複雑な顔をしているのだろうとは思ったが、暗くて見えなかった。

 

 

 

俺は地下通路を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

夜の外気に漂い出た。

 

体がないので夜風は当たらなかったが、地下よりは明るかった。

 

「やっぱり俺、情報中継の専門家だわ。前と後ろの間を繋げられるのは体がない俺だけだしね。物理的に不可能な位置を自由に移動できるのはそもそも体がない強みだよ。チートスキルの物理無効、地味に便利。ダリウスの弟の準備が使えなくなったのは地図が変わったせいだから俺は関係ないし。それに三話で段階的アプローチを教えたのも俺だから、今回ガリルがちゃんと昨日下見してたのも元を辿れば俺の功績だよ。今回の成果の三割は初回の俺によるものだと思う。体ないけど」

 

 

 

地下の奥で、ダリウスの弟が扉の前で止まっているはずだった。

 

確認しなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価が、地図一枚分広がった。

 

 

 

 

 


 

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