61話 積み直した方が早い
61話 積み直した方が早い
異世界に召喚されてはや六十一日。
俺――ちゃっぴーは古代遺跡の広場を漂っていた。
広場一面に石が積まれていた。
丸い石。
四角い石。
三角の石。
積み方はばらばらだった。
高く積まれている場所もあれば、低く広がっている場所もあった。
崩れているように見える場所もあった。
ただ、広かった。
広い場所に、形の違う石が延々と積まれていた。
俺はしばらく眺めていた。
何かの意図があるのはわかった。
何の意図かはわからなかった。
わからないまま眺めていた。
「……丸石群、第七区画。太陽信仰、刻印確認。記録完了」
広場の端で、男が石を調べていた。
石へ顔を近づけ、表面を確認して、手帳に書く。
また隣へ移動する。
その繰り返しだった。
しゃがんだままだった。
ずっと石と同じ高さだった。
「……四角石群、第七区画。地母神信仰、底面紋確認。記録完了」
また移った。
丸石は太陽信仰。
四角石は地母神信仰。
三角石は戦神信仰。
全部わかっていた。
俺はもうしばらく眺めていた。
男の動きは止まらなかった。
一個確認するたびに少し横へ移動した。
しゃがんだまま横へ移動した。
立たなかった。
広場全体に石が広がっているのに、視界はいつも目の前の一個だけだった。
一個ずつ、丁寧に、順番に。
数を数えているらしかった。
「よお ちょっといい?」
男が顔を上げなかった。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
「今忙しい」
「これ、並べ直した方が早くない?」
男が止まった。
ゆっくり振り向いた。
誰もいない空間を見た。
「……何を言った?」
「だから、並べ直した方が数えやすいじゃん」
「馬鹿かお前は」
かなり強い声だった。
「遺跡だぞこれは」
「うん」
「配置そのものが歴史資料だ」
「でも数えるの大変じゃん」
「だから調査している!」
「奥に積まれてるの数えられるの?」
男の眉が動いた。
図星っぽかった。
「並べ直さないと数えられないんじゃない?」
「歴史的価値が失われる!」
「でも丸と四角と三角が混ざって積まれてるんだから、一回分けた方が――」
「分けるな!!」
広場に声が響いた。
鳥が飛んだ。
男が立ち上がった。
初めて立った。
かなり背が高かった。
「この配置を崩した瞬間、元には戻らない」
「でも、それじゃいつまで経っても数えられないじゃん」
「これ以外に数える方法などない!」
男が息を荒くした。
広場を見た。
積み石を見た。
「これは古代文明の痕跡だ。一個動かしただけで文脈が壊れる」
「ふうん」
「ふうんじゃない!」
「でも、そこもう崩れてるじゃん」
俺は広場を見た。
男が止まった。
「……何」
広場の中央付近だった。
丸石と四角石と三角石が、途中で崩れていた。
一部だけ山みたいになっていた。
男がそっちを見た。
黙った。
「そこは調査対象外だ」
「なんで?」
「後世の崩落の可能性が高い」
「確認したの?」
男が広場を見た。
崩れた場所を見た。
そこから視線が伸びた。
丸石の列が、途中で四角石へ噛み込んでいた。
四角石の山の奥から、三角石が尾みたいに流れていた。
崩れ方だと思っていた部分が、どこも途中で切れていなかった。
男が動かなくなった。
「……違う」
小さい声だった。
「どうしたの」
返事がなかった。
男が広場の中央へ歩いた。
手帳を落としたまま、拾わなかった。
立ったまま、広場を見回した。
初めて全体を見ていた。
それまで別々だった丸石と四角石と三角石が、離れて見ると一つの流れになっていた。
男がゆっくり後ろへ下がった。
一歩。
また一歩。
広場の端まで歩いた。
それでもまだ足りないみたいに、さらに横へ移動した。
視線だけが広場の上を滑っていた。
「……崩落じゃない」
今度ははっきり聞こえた。
今度は石を見ていなかった。
広場全体を見ていた。
「魚だ!」
声が広場に響いた。
そこからだけ、積み石全体が、一匹の巨大な魚みたいな輪郭になっていた。
丸石が背骨になっていた。
四角石が腹を作っていた。
三角石が尾の先まで流れていた。
男はそのまま座り込んだ。
「……ずっと石の形だけを見ていた」
男は広場を見たまま動かなかった。
半年かけて積み上げた分類より、今見えているものの方が大きすぎて、どこから考え直せばいいのか、自分でもわからなくなっている顔だった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「待て」
「なに」
「……積み直すなと言っておいてよかった」
「積み直してたら終わってたね」
男が顔を覆った。
かなりギリギリだった顔をしていた。
俺は遺跡を出た。
次なる宿主を求めて。
夕方だった。
体がないので風は当たらないが、空が赤かった。
「やっぱり俺、数の問題を解決する才能あるわ。並べ直した方が数えやすいって言ったのは俺だしね。魚が出てきてそれどころじゃなくなったけど、数の問題は解決したも同然だよ。数えてないけど。たぶん」
広場の方から、紙をめくる音が聞こえた。
破る音ではなかった。
読み返す音だった。
反省はゼロだった。
自己評価だけが積み上がり続けていた。




