59話 剣の行き先
59話 剣の行き先
異世界に召喚されてはや五十九日。
俺――ちゃっぴーは荒れ地を漂っていた。
地面に杭が何本か刺さっていた。
杭ではなかった。
剣だった。
深く刺さっていて、抜けなくなっているやつもあった。
どれも刃が地面に向いていた。
柄が上を向いていた。
刺さり方が投擲のそれだった。
誰かが投げたわけじゃないとわかった。
剣が勝手に刺さりに行ったとわかった。
荒れ地の中央で、男が剣を構えていた。
正眼。
しっかりした構えだった。
踏み込んだ。
袈裟に振り下ろそうとした。
振り下ろす前に、剣が消えた。
正確には消えていなかった。
三メートル先の地面に刺さっていた。
男の手の中には何もなかった。
男が剣のところまで歩いた。
抜いた。
戻った。
また構えた。
また踏み込んだ。
また剣が消えた。
また三メートル先に刺さっていた。
俺はしばらく眺めていた。
体がないので好きな角度から観察できる、これだけは利点だった。
剣の動きを追った。
振り下ろしが始まる一瞬前に、剣が軌道を先取りして飛んでいた。
男の腕が動く前に剣が動いていた。
順番が逆だった。
剣が強すぎて、本人を置いていっていた。
「よお ちょっといい?」
男が振り返った。
誰もいない。
また剣を見た。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。あれ、剣が勝手に行くじゃん」
男が止まった。
名前を聞いたらゼロスと言った。
魔力を剣に通して斬撃の精度と到達速度を極限まで上げる技を三ヶ月かけて完成させた、と言った。
完成した日から剣が手から離れるようになったと言った。
「強くなったじゃん」
「強くなりすぎた」
「三ヶ月かけて完成させたのに上手くいかなくなったんだね」
ゼロスが黙った。
図星の黙り方だった。
「ちょっと聞くけど、その技、剣に何をさせるものなの」
「最短軌道で最速到達する」
「それ、剣が判断するの?」
「魔力に判断させている」
「剣がお前より賢くなってるじゃん」
「違う、賢くはない」
「でもお前より先に動いてるじゃん、今」
ゼロスが黙った。
俺は少し考えた。
体がないので立って考えるとかそういうことができない。
漂いながら考えた。
到達速度を極限まで上げた。
剣が最短軌道を取る。
人間の腕の動きより剣の判断の方が速い。
だから振り下ろしが始まる前に剣が出発する。
成功しすぎていた。
剣の強化は完璧だった。
その完璧さが、ゼロスの「振る」という行為を不要にしていた。
「ちょっと確認させて。剣が勝手に行くとき、お前はまだ振ろうとしてる?」
「そうだ。振ろうとしたら先に行く」
「剣が行く方向はランダム?」
「……いや、俺が狙っていた場所だ」
「じゃあ狙った場所には当たってるじゃん」
ゼロスが止まった。
「当たってるけど手元に剣がない」
「うん、それは問題だけど。でも着点は合ってるじゃん」
「…………」
「強化、成功してるじゃん」
長い沈黙だった。
「問題は強化が失敗したことじゃなくて、強化が成功しすぎてお前の体がついていけてないってことじゃん。剣は正しく動いてる。お前の腕が遅い」
「俺の腕が遅い」
「剣基準で言えばそうじゃん」
ゼロスが刺さった剣を抜いた。
また構えた。
今度は踏み込まなかった。
剣を握ったまま、狙った地点を眺めていた。
剣が微かに震えた。
行きたそうだった。
行かせなかった。
「俺的にはそこで発想を切り替えた方がいいんじゃないかと思うんだけど」
「何をだ」
「振ってから剣が行くんじゃなくて、剣が行くから振る、に」
「意味がわからん」
「剣が先に動く前提で、お前が後から合わせる。剣を追いかける形で体を動かせば、手元に剣が戻る前に斬撃が完了してるじゃん」
ゼロスが黙った。
「剣を放して、追いかける?」
「追いかけるイメージで。剣の行き先に腕を合わせる感じ」
「……試したことがない」
「試してみれば」
ゼロスが構えた。
踏み込んだ。
剣が先に出た。
今度はゼロスが剣を追うように腕を送り出した。
剣が軌道の途中でゼロスの手に戻ってきた。
戻ってきたというより、ゼロスの手が剣に間に合っていた。
振り抜いた。
刃が空を切った。
「……どうだった」
「剣が手に戻ってきた。ように感じた」
「違う、お前が剣に追いついたんだよ」
「結果は同じだ」
「違うよ概念的に全然違うんだけど、まあいいや。もう一回」
ゼロスが三回続けた。
三回とも、剣が手の中で振り抜かれた。
ゼロスが剣を見た。
「……使える」
小さな声だった。
「使えるね」
「強化を捨てなくていい」
「そうだよ。強化は成功してたじゃん。使い方が元のままだっただけで」
ゼロスはそれ以上何も言わなかった。
また構えた。
剣が先に走った。
腕が追った。
振り抜いた。
今度は速かった。
剣の速度とゼロスの動きが、噛み合っていた。
「俺のやることはやった。次行くわ」
ゼロスが振り返った。
「……助かったと言っていいのか迷っている」
「なんで」
「お前は何もしていない」
「概念を変えたじゃん」
「概念」
「振るから追うへ。これ俺のアドバイスだよ」
「……そうなる」
「どういたしまして」
「礼は言っていない」
「複雑な顔してるじゃん」
返事はなかった。
また剣を振っていた。
俺は荒れ地を離れた。
次なる宿主を求めて。
地面に刺さったままの剣が何本かあった。
誰も抜きに来なかった。
来ないだろうと思った。
ゼロスはもう振り返らなかった。
「やっぱり俺、技術の再解釈が得意だわ。強化が失敗じゃなくて成功しすぎだったって見抜いたのは俺だしね。振るから追うへ概念を変えたのも俺だよ。三ヶ月かけて完成させた技が使えなかった問題を、概念一個で解決した。ゼロスが礼を言わなかったのはまあそういう人だからだと思う。伝わってるからいいよ。たぶん」
反省はゼロだった。
刺さった剣の本数分自己評価が高まった。




