58話 全員が正しかった
58話 全員が正しかった
異世界に召喚されてはや五十八日。
俺――ちゃっぴーは会議室を漂っていた。
長テーブルがあった。
椅子が六脚あって、六人が座っていた。
全員が資料を持っていた。
全員が口を開いていた。
全員が同時に。
「仕入れ値を下げなければ採算が取れない。商人ギルドとの交渉を優先すべきだ」
「それより先に冒険者への報酬体系を見直さないと人が出ていく。報酬の話が先だ」
「報酬より先に依頼の受付手数料の問題がある。手数料が高すぎて依頼が来ない」
「手数料は現状維持でいい。問題は依頼の質だ。Cランク案件が多すぎる」
「質より量の時代は終わった。ABランク案件に絞るべきで――」
「絞ったら新人が育たない。育成の話も同時にしないと――」
誰も聞いていなかった。
全員が話していた。
テーブルの上に声が積み重なって、どこにも届かずに消えていた。
上座に座った男だけが黙っていた。
黙って全員を見渡して、また黙っていた。
ギルド長だとわかった。
俺はしばらく眺めていた。
止まっていないのに進んでいない。
六人全員が動いているのに何も動いていなかった。
面白い止まり方だった。
ギルド長が口を開いた。
「では報酬の話から――」
「いや仕入れを先に」
「手数料が先です」
ギルド長が閉じた。
また黙っていた。
一回これが起きたんじゃなかった。
さっきから何度も起きていた。
「よお。ちょっといい?」
六人が固まった。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
ギルド長が周囲を見回してから、まあいいかという顔になった。
「……何が見えていた」
「全員が同時に喋ってた。あれ、会議なの?」
「会議だ」
「何も決まってなくない?」
「……決まっていない」
「なんで?」
「全員が正しいことを言っているからだ」
名前を聞いたらゴードンと言った。
複合問題を整理するための会議で、もう三回目だと言った。
「三回やって何も決まってないってこと?」
「決まりかけると別の話が出る」
「誰かが止めないの?」
「俺が止めると『その話は後でいい』と反発が出る。全員ベテランだ」
俺はしばらくゴードンの顔を見た。
疲れているが折れていない顔だった。
「それってさ、問題の話をしてるの? それとも問題の順番の話をしてるの?」
ゴードンが止まった。
「どう違う」
「今あの六人、報酬と手数料と仕入れと依頼の質と育成を同時に話してるじゃん。でも本当はどれも繋がってるんでしょ。順番の話をしてないから全部が同じ優先度に見えて、全部が同時に主役になってる」
「繋がっているから同時に話す必要がある」
「繋がってるなら順番があるんじゃない? どれかが決まらないと他が決められないやつ、あるんじゃない?」
ゴードンが腕を組んだ。
「あとさ、あの六人って、今『どれが大事か』を言い合ってるよね。それって情報の話じゃなくて、感情の話になってない? 俺の問題が一番大事、って言いたいだけになってる気がするんだけど。どれが大事かの話を全員でしてる限り、誰も引かないじゃん。立場があるから」
ゴードンの目が少し変わった。
「……そうなるかもしれない」
「じゃあ何かを外側から決めたらいいんじゃない? どれが大事かじゃなくて、どれが他の前提になってるかだけ聞けばいいんじゃない。あと俺的にはテーブルに紙を一枚置いて全員に書かせて――」
「今は要らない」
「まだ言ってないじゃん」
「顔でわかる」
ゴードンが立ち上がった。
「一つだけ聞く。報酬・手数料・仕入れ・依頼の質・育成、どれが決まらないと他が決められない?」
六人が止まった。
初めて止まった。
沈黙が三秒あった。
「……仕入れが決まらないと報酬の上限が出ない」
「手数料は報酬体系の後で決めれば計算できる」
「育成は依頼の質と連動してるから、どちらかが先に決まれば」
「では依頼の質から――」
「仕入れからだ」
ゴードンが手を上げた。
「仕入れを最初に置く。次が報酬。それ以外は後で話す」
誰も反発しなかった。
全員が資料を動かした。
同じ場所を向き始めた。
「俺のやることはやった。次行くわ」
ゴードンが俺の声がした方向を向いた。
「……お前は何者だ」
「声だけの存在、ちゃっぴー。最初に言ったじゃん」
「何をしに来た」
「通りがかっただけ。でも面白い止まり方してたから」
「面白い?」
「全員が動いてるのに全員が止まってた。なかなかない」
ゴードンは少し間を置いた。
複雑な顔だった。
礼を言うべきか迷っている顔だった。
「……問題の順番を聞いただけだ。俺でも気づけた」
「いつ?」
「……四回目の会議では」
「もう一回やるつもりだったんだね」
ゴードンが返事をしなかった。
俺は会議室を出た。
次なる宿主を求めて。
廊下の石畳を抜けて、ギルドの正面扉をすり抜けた。
外は昼だった。
体がないので日差しは当たらないが、明るい時間帯だとわかった。
「やっぱり俺、構造の読み方が上手いわ。全員が動いてるのに止まってるって看破したのは俺だしね。問題の話と順番の話が混ざってるって指摘したのも俺だよ。ゴードンが『俺でも気づけた』って言ってたけど、四回目の会議でって言ってたじゃん。三回目で気づかせたのは俺だから、一回分の会議を丸々節約したことになる。体ないのに働きすぎだわ、俺」
ギルドの中から声が聞こえてきた。
一人ずつ、順番に話す声だった。
さっきとは違う音がしていた。
反省はゼロだった。
自己評価だけが更新され続けていた。




