56話 詰まりの場所
56話 詰まりの場所
異世界に召喚されてはや五十六日。
俺――ちゃっぴーは地下通路を漂っていた。
石造りの通路だった。
天井が低く、両側に棚が並んでいた。
棚には荷物が積まれていた。
積まれて、積まれて、また積まれていた。
入口に近い側の棚はもう限界だった。
荷物が棚からはみ出して、通路の床に並んでいた。
並んでいるというより、溢れていた。
奥の方は見えなかった。
曲がり角があって、先が暗くなっていた。
一人の男が入口に立っていた。
新しい荷物を抱えていた。
棚を見た。
床を見た。
荷物を抱えたまま、また棚を見た。
どこにも置けなかった。
俺はしばらく眺めていた。
男がまた荷物を抱えて通路に入った。
棚の隙間を探した。
なかった。
床の荷物をずらした。
少し動いた。
そこに新しい荷物を置いた。
もう一度入口に戻った。
また新しい荷物を抱えてきた。
また棚を見た。
また床を見た。
また隙間を探した。
入口側だけが膨らんでいた。
奥には行かなかった。
「よお ちょっといい?」
男が荷物を抱えたまま固まった。
誰もいないとわかると、また棚に向き直った。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
「……何だ」
「詰まってるじゃん、奥」
「わかってる」
「なんで詰まったの」
「知らない」
男の名前を聞いたらドゥンと言った。
この地下通路を使って城下の商店に荷物を届ける配達人だと言った。
三日前から荷物が奥に進まなくなったと言った。
「三日前から急に詰まったの?」
「そう聞いている」
「誰から」
「……同僚から」
「その同僚は実際に見たの?」
ドゥンが少し止まった。
「……知らない」
俺はそこが引っかかった。
引っかかったが、別の仮説が先に浮かんだ。
「曲がり角が原因じゃない? ここ、通路が曲がってるじゃん。大きい荷物が角で引っかかってそのまま放置されて、後続が積み上がってるパターンだと思う。角度が急すぎるんだよたぶん。荷物のサイズと曲がり角の半径が合ってない」
「……」
「あと荷台ごと運ぶタイプの荷物あるじゃん。荷台の向きが合ってないと角で詰まる。横向きで突っ込んで通れなくなってるとか」
「それは」
「あるでしょ。縦と横で全然違うから。あと通路の幅に対して荷物サイズが大きいやつが一個混ざるだけで後ろ全部止まるんだよね。規格外が一個いるだけで。その確認した?」
「していない」
「してないの? あとすれ違いの問題もある。一方通行にしてる? 双方向だと中間地点で正面衝突して誰も動けなくなるやつが起きる。これ詰まりの典型だよ。古代から続く詰まりのパターンで――」
「ちょっと待て」
ドゥンが片手を上げた。
「……全部、外から言ってるだけじゃないか」
「そうだよ、俺体ないから入れなかっ……あ、入れるわ。体ないから壁も通り抜けられる」
「では行ってくれ」
「俺が見ても荷物は動かせないから」
ドゥンが黙った。
図星の沈黙だった。
「だから俺が聞いてるんだよ。曲がり角で詰まってるのか、荷台の向きなのか、規格外サイズなのか、すれ違い衝突なのか。どれか確認できたら原因に対して手を打てるじゃん。でもそれ、全部見に行けばわかることで――」
「……行ったことがない」
「今まで一度も?」
「三日間、ここで積み続けていた」
俺はしばらく黙った。
この沈黙はちゃっぴー史上珍しい種類の沈黙だった。
言いたいことが一個に絞れてしまった沈黙だった。
「行けばわかるんじゃない?」
「……」
「曲がり角なのか荷台なのかサイズなのかすれ違いなのか、全部俺が外から言ってもわからないけど、行ったら一発でわかるんじゃないの」
「行って、もし想像より酷かったら」
「想像より酷いかどうかも、見ないとわからないじゃん」
ドゥンが棚を見た。
床の荷物を見た。
曲がり角の先の暗がりを見た。
しばらく黙ってから、歩き始めた。
曲がり角を曲がった。
俺もついていった。
体がないので暗くても関係なかった。
通路を進むと、五十歩ほどで止まった。
荷台が横倒しになっていた。
大きい荷台だった。
通路の幅いっぱいに倒れていた。
荷物が散乱していた。
それだけだった。
「……これか」
「それだね」
「荷台が倒れてるだけか」
「倒れてるだけだね」
ドゥンが荷台の端を持ち上げた。
重かった。
一人では起こせなかった。
入口に戻って声を上げた。
別の配達人が二人来た。
三人で荷台を起こした。
散乱した荷物を脇によけた。
通路が通った。
「……三日間、ここに来なかった」
「来たら五分で終わったじゃん」
「……そうなった」
複雑な顔だった。
怒っているのか呆れているのか、自分に向いているのか誰かに向いているのか判断がつかない顔だった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「お前は何もしていない」
「奥に行けって言ったのは俺だよ」
「……まあ、そうなる」
短い返事だった。
認めたとも認めていないとも取れた。
でもドゥンはもう入口に向かって歩き始めていた。
積み上がった荷物を、奥へ運ぶために。
俺は地下通路を出た。
次なる宿主を求めて。
地上に出ると昼の光があった。
体がないので光が当たる感覚はないが、明るかった。
「やっぱり俺、詰まり問題の原因分析が得意だわ。曲がり角・荷台の向き・規格外サイズ・すれ違い衝突、四パターン挙げたうちの一個が正解だったからね。打率二十五パーセント。体感では当たった感じがしてたよ、荷台の話したとき。たぶん。あと三日間で誰も見に行かなかったっていうのはちょっと俺には理解できない部分があるけど、それはまあ人それぞれだから」
城下の通路の入口から、荷物を抱えた配達人が奥へ消えていくのが見えた。
三日ぶりに荷物が動き始めていた。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが荷物一つ分積み上がった。




