55話 死者への手順
55話 死者への手順
異世界に召喚されてはや五十五日。
俺――ちゃっぴーは墓地を漂っていた。
石の墓標が並んでいた。
整然と並んでいた。
古いものも新しいものも、同じ間隔で並んでいた。
誰かが揃えていた。
ずっと揃え続けていた。
石畳の通路が墓標の間を縫っていた。
通路の端に道具が並んでいた。
水桶、花束、線香の束。
これも等間隔だった。
道具まで揃っていた。
静かな墓地だった。
老人が一人いた。
白い髪で、背が少し曲がっていた。
声はしっかりしていた。
来訪者が来ると、老人は墓標の前に立った。
水桶を取った。
花を一束取って、花立に入れた。
線香を一本抜いた。
火をつけた。
水、花、線香、火。
それだけだった。
来訪者が帰ると、老人は道具を元の位置に戻した。
また等間隔に並べ直した。
次の来訪者が来た。
老人が墓標の前に立った。
水を供えた。
花を入れた。
線香に火をつけた。
まったく同じだった。
俺はしばらく眺めていた。
手順が一切ブレなかった。
来訪者も全員、満足した顔で帰っていた。
問題が見えなかった。
それが問題だと気づくのに少し時間がかかった。
次の来訪者が来た。
手に花を持っていた。
老人が墓標の前に立った。
水を供えた。
花を一束取って、花立に入れた。
それから来訪者の花も受け取って、花立に足そうとした。
入らなかった。
老人の花と来訪者の花で、花立が一杯になった。
老人は来訪者の花を地面に置いた。
石畳の上だった。
来訪者が一瞬その花を見た。
何も言わなかった。
老人も何も言わなかった。
線香を一本抜いた。
火をつけた。
手順通りだった。
来訪者が帰った。
老人が地面の花を端に寄せた。
それから道具を並べ直した。
また次の来訪者が来た。
これも花を持っていた。
老人が水を供えた。
花を入れた。
来訪者の花も入れようとした。
また入らなかった。
また地面に置いた。
また端に寄せた。
端に寄せられた花が増えていた。
「よお ちょっといい?」
老人が振り返った。
誰もいないとわかると、また道具の方を向いた。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
「……ご先祖様かと思いました」
「違う。通りすがり」
「そうですか」
「あの端に寄せてある花、来訪者が持ってきた花じゃん」
「そうです」
「なんで地面に置いてるの」
「花立に入りきらないので」
「なんで入りきらないの」
「私が先に花を入れているので」
「来訪者が花を持ってきたとき、自分の花を入れなければいいんじゃない?」
「花を入れるのが手順です」
俺は少し考えた。
「その手順、誰が決めたの?」
「前任から引き継ぎました」
「前任はまだいる?」
「二十年前に亡くなっています」
「昔、来訪者が花を持ってくることはあった?」
老人が少し黙った。
「……昔はほとんどありませんでした。最近増えました」
「つまり手順が決まったときは、来訪者が花を持ってこなかったってこと」
「……そうなります」
「だったら来訪者が花を持ってきたとき、自分の花は省いていいんじゃない?」
老人が首を振った。
「手順は変えられません」
「なんで」
「代々引き継いできた手順です」
「前提が変わっても?」
「手順は手順です」
図星じゃなかった。
信念だった。
俺はちょっと方向を変えた。
「あの地面の花、来訪者が持ってきた供花だよね」
「そうです」
「供花が地面に置かれてる」
「……はい」
「それ、供養になってると思う?」
老人が黙った。
さっきとは違う黙り方だった。
手順の話をしているときの顔じゃなかった。
別のことを考え始めた顔だった。
「手順を守るのは、供養のためだよね」
老人が答えなかった。
「手順を守った結果、供花が地面に置かれてる。それは供養のためになってる?」
老人が端に寄せた花を見た。
誰が持ってきた花かもうわからなくなっていた。
石畳の上で、少しだけ萎れていた。
「……なっていない」
小さい声だった。
自分に言い聞かせているような声だった。
また来訪者が来た。
花を持っていた。
老人が立ち上がった。
水桶を取った。
花束に手を伸ばした。
止まった。
花束を戻した。
「……本日はお花をお持ちですね。私の方の花はお入れしなくて構いますか」
来訪者が少し驚いた顔をした。
「あ、はい。自分の花だけで十分です」
「承知しました」
老人が線香を一本抜いた。
火をつけた。
地面には何も置かれなかった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
老人が来訪者の後ろ姿を見送った。
「……ありがとうございました」
「来訪者に言ったの? 俺に?」
「両方です」
短い返事だった。
感謝とも何とも取れなかった。
でも複雑な顔をしていた。
俺は墓地を出た。
次なる宿主を求めて。
石畳の外れで、秋の草が風に揺れていた。
体がないので当たらなかった。
「やっぱり俺、信念の崩し方が上手いわ。手順の話をしてもダメだって気づいて、供養の話に切り替えたのは俺だしね。『供花が地面に置かれてる、それは供養になってる?』って聞いたのも俺だよ。老人が自分で『なっていない』って言ったのも、俺の質問があったからだよ。たぶん。五十年級の手順人間を一問で動かしたのは事実だから」
墓地の入口で、老人がまた来訪者に頭を下げていた。
地面には花がなかった。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価が花一輪分積み上がった。




