53話 地図の届かない場所
53話 地図の届かない場所
異世界に召喚されてはや五十三日。
俺――ちゃっぴーは地下洞窟を漂っていた。
天井から染み出た水が、岩肌をつたっていた。
松明が壁に等間隔で立てられていた。
明るいと呼ぶには暗く、暗いと呼ぶには明るい、そういう場所だった。
奥の方に分かれ道があって、左右に通路が延びていた。
探索隊の拠点だとわかった。
散らばった荷物の置き方と、剣の立てかけ方で、慣れた連中だとわかった。
静かじゃなかった。
「だから、奥の分かれ道は左だって言ってる」
「地図には右って書いてある」
「その地図は三年前のやつだ。崩落してる」
「じゃあなんで昨日の報告に崩落のことが書いてなかった」
「書いた。俺が書いた」
「受け取ってない」
「渡した」
「誰に」
「ラゴスに」
「ラゴスは昨日の夕方から別の班だ」
四人いた。
全員が立っていた。
地図を持った女と、壁に背中をつけた男と、腕を組んだ若い男と、奥の通路の入口で足を止めたまま動かない男だ。
最後の一人が特に気になった。
入口まで歩いて、止まって、引き返して、また荷物を確認して、また入口まで歩いて、止まっていた。
三回繰り返すのを俺は黙って眺めていた。
地図を持った女も、腕を組んだ男も、それぞれ口を開きかけて止まっていた。
何かを言おうとして、言う相手が定まらずに黙るのが交互に起きていた。
俺はしばらく観察した。
もめているのはわかった。
ただ、何についてもめているのかが、聞いていてもよくわからなかった。
全員が全員に言っているのか、誰かが誰かに言っているのかも判然としなかった。
議論というより、それぞれが別の問題を喋っていた。
「よお ちょっといい?」
四人が止まった。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効だから剣は抜かなくていい」
地図の女が剣の柄に手をかけたまま言った。
「……何者だ」
「通りすがり。それより今の話、聞いてたんだけど」
「聞いてたなら黙ってろ」
「崩落の報告が届いてないって言ってたじゃん。ラゴスが別班になったの昨日?」
「そうだ」
「ラゴスが引き継ぎしたかどうかは確認した?」
「……していない」
「報告書はラゴスが持ってる? それとも拠点のどこかにある?」
腕を組んだ男が顔を上げた。
「書いたのはシオだ。シオが渡したと言っている」
「渡したのがラゴス経由なら、ラゴスが次の班に渡し忘れた可能性があるじゃん。それって渡した人の問題でも受け取った人の問題でもなくて、途中で止まってるってことじゃない?」
壁の男が言った。
「そうは言っても確認しようがない。ラゴスは今頃D区画だ」
「報告書の控えはないの?」
シオと呼ばれた男が、奥の通路の入口から引き返してきた。
荷物の脇に積んだ束を手に取って、めくった。
止まった。
「……ある」
「あるじゃん」
「控えがここにあるなら、渡したのと同じ内容が確認できるってことか」
「崩落の記述もある?」
シオが束をめくった。
「……ある。左通路、第四分岐手前、天井崩落により通行不可。昨日の報告のここに書いた」
地図の女が地図を見た。
「右通路って書いてあるのはその崩落前の道順だ。崩落後は左が正しい」
「だから最初からそう言ってた」
「言ってたのは知ってる。でも根拠がなかった」
「控えがあったじゃないか」
「あったのを知らなかった」
四人が少し黙った。
口論の温度が下がっていた。
どこかが解けた感じだった。
「要するに、正しい情報はここにあったけど、必要な人に届いてなかっただけじゃん」
地図の女がため息をついた。
「……そうなる」
「地図が間違ってたわけでも、シオの報告が嘘だったわけでもない」
「途中で止まってた、ということか」
「うん。ラゴスのせいかどうかも今はわからないけど。引き継ぎのタイミングで落ちたんじゃない?」
腕を組んでいた男が腕を解いた。
入口で止まり続けていたシオが、今度は入口まで歩いて、止まらずに中に入った。
松明を取り上げて、奥の左通路に向かった。
残りの三人が続いた。
「ラゴスには帰還後に確認を取る」
「うん。控えの保管場所、全員が知ってた方がよくない? 場所が分かれてると同じことが繰り返すよ」
「……考えておく」
短い返事だった。
感謝でも迷惑でもなかった。
それどころじゃない顔だった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
誰も振り返らなかった。
もう松明の奥に消えかけていた。
俺は地下洞窟を出た。
次なる宿主を求めて。
地上に出ると、夕方の空が広がっていた。
洞窟の中より明るくて、体がないので気温の差はわからないが、光の色はそういう色だった。
「やっぱり俺、情報の流れを見る目があるわ。控えがそこにあるって気づいたのも俺だしね。ラゴスの引き継ぎで止まったって見抜いたのも俺だよ。地図が悪いとか崩落の話が嘘とか、全員が全然関係ないことで言い合ってたのを整理したのは事実だから。保管場所を共有しろって言ったのも俺。採用されたかどうかは知らないけど、言ったのは俺。たぶん」
洞窟の入口から、松明の光が漏れていた。
四つ分、奥に向かって動いていた。
止まっていなかった。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが洞窟の深さ一個分積み上がった。




