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52話 見える位置の問題

52話 見える位置の問題

 

 

 

異世界に召喚されてはや五十二日。

 

俺――ちゃっぴーは市場を漂っていた。

 

 

 

昼前の市場だった。

 

屋台が横一列に並んでいて、客がその前を流れるように歩いていた。

 

怒鳴り声と値段交渉と荷車の音が混ざり合っていた。

 

路地裏とは別の種類の騒がしさだった。

 

体がないので音は当たらないんだが、密度が高いとわかった。

 

人混みの中に、見知った後ろ姿があった。

 

上等な服だった。

 

ただし、前に会ったときよりほつれが増えていた。

 

稼ぎが落ちているのか、単に洗濯していないだけなのかは判断できなかった。

 

 

 

俺が召喚されてから三十日目に会ったレイムだとわかった。

 

俺はしばらく眺めた。

 

レイムは声をかけていた。

 

前に会ったときと違って、迷わず声をかけていた。

 

その点は変わっていた。

 

ただ、おかしかった。

 

声をかけた直後、レイムの視線が横にずれた。

 

別の人物を目で追っていた。

 

話しかけられていた相手の表情が変わった。

 

引き込まれかけていた顔が、すっと戻った。

 

相手が首を振って立ち去った。

 

レイムが別の人物に向かった。

 

また声をかけた。

 

また視線が横に飛んだ。

 

また相手が気づいた。

 

また冷めた。

 

 

 

俺はそれを三回見た。

 

三回とも同じ流れだった。

 

なぜ視線が飛ぶのかは、最初はわからなかった。

 

服のほつれが気になって自分で確認しているのかと思った。

 

市場が明るすぎて目が慣れていないのかとも思った。

 

三回目を見て、違うとわかった。

 

視線が飛ぶ先に、毎回別の「候補」がいた。

 

 

 

「よお」

 

レイムが振り返った。

 

すぐにわかった顔だった。

 

「……ちゃっぴーか」

 

「久しぶり。声かけはできるようになったじゃん」

 

「それはそうだ」

 

「なのに全員に逃げられてるじゃん」

 

レイムが少し止まった。

 

「……気づいてたか」

 

「三回見てた。服のほつれ、増えてない?」

 

「関係ない」

 

「前より稼げてない?」

 

「……それも関係ない」

 

「声の出し方が変わった? 市場って反響の仕方が路地裏と違うから、能力の届き方も変わるんじゃないかと思ったんだけど。あと立ってる位置が入口から遠いじゃん。客の流れって入口から奥へ向かうから、逆方向から声かけてるとか? あと服の左肩のほつれ、相手から見て目線の高さにあるから貴族感が削られてると思うんだけど――」

 

「全部違う」

 

「なんで全部否定できるの」

 

「心当たりがないから」

 

「心当たりないのに全部違うは論理が弱いんだけど」

 

「うるさい」

 

 

 

レイムが次の候補に向かおうとした。

 

「ちょっと待って。さっき視線が横に飛んでたじゃん」

 

レイムが止まった。

 

「話してる途中で、別の人間を目で追ってた。相手もそれに気づいてたよ」

 

「……気づいていなかった」

 

「自分が飛ばしてたことに?」

 

「……両方」

 

「なんで視線が飛んだかわかる?」

 

レイムが少し考えた。

 

周囲を見回した。

 

「……次の候補が見えてた」

 

「見えてたから追った」

 

「……そうなる」

 

「候補が視野に入るから漏れるんじゃん。一人に話しかけながら、横に別の候補が見えてる。それが顔に出る。相手が気づいて冷める」

 

レイムが黙った。

 

 

 

「件数を減らせって話じゃないよ。複数狙うのはそのままでいい。ただ、話してる相手から見て、よそ見してるのが見えなければいいんじゃない?」

 

「……どういう意味だ」

 

「候補が視野に入らない立ち位置に移ればいいじゃん。壁か何かを背にして、正面しか見えない場所に立つ。横を向こうとしても壁があれば目が飛ばない。相手からも横を向く余地がないとわかる」

 

 

 

レイムが市場を見回した。

 

通路が一本に絞れる場所を探している目だった。

 

屋台と屋台の間に、柱があった。

 

その前に立てば、背後に壁、正面に通路、横は柱で遮られる。

 

レイムが柱の前に移動した。

 

「……ここか」

 

「そこなら横に視線が飛んでも見えないし、相手からも飛ばしようがないとわかる。複数見るのは頭の中でやればいいじゃん」

 

 

 

レイムが次の人影に声をかけた。

 

視線が横に飛ばなかった。

 

飛ぶ先がなかった。

 

相手の表情が引き込まれていく顔になった。

 

能力が機能していた。

 

 

 

しばらくして、レイムが戻ってきた。

 

財布を持っていた。

 

 

 

「……いけた」

 

「柱の前に立ったらいけたじゃん」

 

「……そうなった」

 

複雑な顔だった。

 

うまくいった顔と、そんなことかという顔が混ざっていた。

 

「複数狙うのはやめてないでしょ」

 

「やめていない」

 

「見せなければよかっただけじゃん」

 

レイムは返事をしなかった。

 

財布を懐に入れた。

 

 

 

「まあ詐欺はよくないと思うけどね」

 

「毎回言うな」

 

「毎回言うよ」

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。あとは柱の前に立つだけでしょ」

 

「……そうなる」

 

短い返事だった。

 

感謝はなかった。

 

詐欺師なので今回も期待していなかった。

 

でも前回よりわずかに慣れた顔だった。

 

ちゃっぴーに対して、という意味で。

 

 

 

俺は市場を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

市場の外に出ると、昼の光が直接当たった。

 

体がないので眩しくないんだが、そういう光量だとわかった。

 

「やっぱり俺、干渉源の特定が得意だわ。視線が飛ぶ先に候補がいるって見抜いたのは俺だしね。立ち位置を変えるだけで解決するって気づいたのも俺だよ。服のほつれとか声の反響とかも一応確認したけど、あれは除外法として重要なプロセスだから無駄じゃないよ。全部調べた上で本当の原因に辿り着いた。これ、普通に名探偵の仕事だよ。たぶん」

 

 

 

市場の中で、柱の前にレイムが立っていた。

 

また誰かに声をかけていた。

 

視線は飛ばなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが財布の重さ一個分増えていった。

 

 

 

 

 

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