表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
51/146

50話 見ていなかった封印

50話 見ていなかった封印

 

 

 

異世界に召喚されてはや五十日。

 

俺――ちゃっぴーは封印の間を漂っていた。

 

 

 

石造りの部屋だった。

 

天井が高く、壁に古い文字が刻まれていた。

 

部屋の奥に台座があって、その上に拳ほどの石が置かれていた。

 

石は薄く光っていた。

 

正確には、光ろうとしていた。

 

一定の明るさを保てず、ゆっくりと揺らいでいた。

 

呼吸が乱れているみたいな光り方だった。

 

それとは別に、部屋の中央に何かがいた。

 

透けていた。

 

人の形をしていたが、壁の文字が向こう側から透けて見えた。

 

ゴーストだとわかった。

 

ゴーストは動かなかった。

 

台座の方を向いたまま、口だけが動いていた。

 

祈っているのか、呪文を唱えているのかわからなかった。

 

ただ、ずっと動いていた。

 

口だけが。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

台座の石が揺らいだ。

 

ゴーストの口が動き続けた。

 

石がまた揺らいだ。

 

ゴーストは目を閉じた。

 

祈りのポーズだとわかった。

 

封印が揺れているときに目を閉じていた。

 

これは何かがおかしかった。

 

 

 

俺の最初の仮説は「向きが違う」だった。

 

台座の石に正面から向き合っているが、実は正面じゃない可能性がある。

 

信仰には方角がある。南向きに祈るべきなのに北を向いているとか、そういうことは普通にある。

 

根拠はない。

 

 

 

二つ目の仮説は「声量が足りない」だった。

 

唱え声が小さすぎて神域に届いていない。

 

封印の維持には一定の音圧が必要で、何百年も祈り続けるうちに声が弱くなったのでは。

 

これも根拠はない。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

ゴーストが振り向かなかった。

 

口だけが動き続けていた。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。てかその封印、揺れてるよ」

 

ゴーストが止まった。

 

振り向いた。

 

透けた顔だった。

 

目が深かった。

 

何百年分かの疲れが目に入っていた。

 

「……知っている」

 

「知ってるの?」

 

「最近、揺らぎが増えた。だから祈りを絶やさないようにしている」

 

「祈りを増やしたら安定した?」

 

「……していない」

 

「じゃあ祈りの問題じゃないんじゃない? てか今、どっちの方角向いてる?」

 

「……南だ」

 

「南に向かって祈るべき神様なの?」

 

「そうだ」

 

「じゃあ方角は合ってるか。あと声、最近小さくなってたりする?」

 

「声は関係ない。封印は文字で刻まれている」

 

ゴーストが黙った。

 

反論の声は出なかった。

 

でも納得もしていなかった。

 

名前を聞いたらシェルと言った。

 

この封印の間を何百年も守り続けてきたと言った。

 

守護者として、封印を維持する祈りを一日も欠かさなかったと言った。

 

 

 

「ちなみにその石、最後に近くで見たのいつ?」

 

「……祈りを捧げる位置から見ている」

 

「近くで見たのいつかって聞いてるんだけど」

 

シェルが少し止まった。

 

「……ここから見える」

 

「見えてるのと近くで見るのは別じゃん」

 

「近づく必要はない。守護者の場所は定められている」

 

「定められてる場所から何百年も動かずに見てて、それで揺らぎが増えてきたんでしょ。定められた場所が正しかったとして、そこから見える範囲の情報だけで足りてるの?」

 

シェルがまた黙った。

 

今度は少し長かった。

 

「石の表面に、ひびが入っていたとする。この距離で見えると思う?」

 

シェルが台座の石を見た。

 

五メートルほど離れていた。

 

「……見える」

 

「本当に?」

 

「……見える、はずだ」

 

「はずってことは確認してないじゃん」

 

「近づいてはならない。定めがある」

 

「定めを守ってる間に封印が崩れたらどっちが困る?」

 

沈黙。

 

「一回だけ見てくればいいじゃん。見てみて、何もなかったらそれで終わり。何かあったら対処できる。どっちにしても祈り続けるより情報が増える」

 

 

 

シェルは動かなかった。

 

しばらくそのままだった。

 

それから、一歩踏み出した。

 

二歩。

 

三歩。

 

 

 

台座に近づいていった。

 

透けた手を、石の前で止めた。

 

かがんだ。

 

覗き込んだ。

 

 

 

「……ある」

 

「何が?」

 

「ひびだ。三本。見えなかった。この距離まで来なければ」

 

「でしょ」

 

「……何百年も」

 

「うん」

 

「見ていなかった」

 

「うん」

 

シェルはしばらく動かなかった。

 

石を見ていた。

 

何かを唱え始めた。

 

今度は台座のすぐそばで、石に向かって直接、声を当てるように唱えていた。

 

石の揺らぎが、少し落ち着いた。

 

完全に安定はしなかった。

 

でも、さっきよりは光っていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

シェルが顔を上げた。

 

「……待て」

 

「なに」

 

「ひびの修復方法を知っているか」

 

「知らない。魔法の知識ゼロだから」

 

「では何もできないではないか」

 

「見に行くことは提案できたじゃん」

 

シェルはまた石に向き直った。

 

返事はなかった。

 

感謝もなかった。

 

でも口の動き方が、さっきとは少し違った。

 

さっきは祈っていた。

 

今は話しかけていた。

 

石に。

 

直接。

 

 

 

俺は封印の間を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

長い石廊下を通り抜けて、外の光の中に漂い出た。

 

「やっぱり俺、観察眼が高いわ。祈りを増やしても安定しないのに祈り続けてたじゃん、あのゴースト。見に行けば一発で解決する話だったのに。俺が『近くで見れば?』って言ったから動いたわけで、ひびを発見したのも俺の誘導があったからだよ。修復方法は知らなかったけど、問題がどこにあるかは特定したからね。発見と解決は別の仕事だし、俺は発見担当だから。たぶん」

 

 

 

封印の間の奥で、石の光が少し強くなっていた。

気のせいかもしれない。

 

でもさっきより揺れていなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが透けた分だけ積み上がった。

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ