4話 空振りの天才
異世界に召喚されてはや四日。
俺――ちゃっぴーは訓練場を漂っていた。
広い砂地に、木製の的が何本も立っている。
端には武器架けがあって、剣が何振りか並んでいた。
静かな訓練場のはずだった。
「はあっ――!」
ものすごい速さで剣が振られた。
風を切る爽快な音が響く。
しかし、的には当たらずに空を切った。
「……もう一回」
また振り抜いたが、やはり届かない。
砂埃だけが、同じ位置で舞い上がった。
俺は訓練場の隅に漂い込んだ。
剣士は若い女だった。
短く切った黒髪に、額に汗を光らせて、的を睨んでいた。
目つきは鋭く、剣の振りも速かった。
ただ、全部外れていた。
「よお。ちょっといい?」
剣士が振り向いた。
「誰だ」
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。あと攻撃しても無駄だよ、物理無効だから」
「……なんだそれは」
「チートスキル。まあそれより今の稽古、見てたんだけどさ」
「見るな」
「いや見ちゃったんだよね。で、ちょっと気になることがあって」
剣士は舌打ちした。
「用がないなら消えろ」
「速いよね、剣。あの速さ、普通じゃないと思う。俺の試算だと人間の平均の一・八倍くらいある。根拠はないけど」
剣士の動きが止まった。
「……それが何だ」
「いや、速いのに当たらないじゃん。なんで? って思って」
「うるさい」
「足を見てたんだけど、踏み込んでないんだよね。剣だけ速くて体が追いついてない。腕の速さを活かすなら土台が要るじゃん。家でも基礎工事が一番大事って言うし」
「家の話をするな」
「例え話だよ。要するに剣の速さと体の使い方がバラバラってこと。俺的には下半身の使い方を見直すことを提案したいんだけど、あと呼吸も気になる。振るたびに息を止めてない? それ連続攻撃のときに詰まる原因になるよ。あと握りが強すぎる。力んでると逆に遅くなる場合があるんだよね、これ脱力理論って言って――」
「黙れ」
「あと目線。的の中心じゃなくて的の奥を見た方がいい。これ武道の基本なんだけど、手前を見てると体が止まるんだよ。視線が動きを作るって知ってた? あと肩が上がってる。力みの典型例で――」
「黙れと言っている」
剣士が剣を構えた。
俺に向けても意味はないが、気持ちはわかった。
しばらく沈黙が続いた。
剣士はため息をついて、また的に向かった。
そして振った。
また空を切った。
「……足か」
小さく呟くと、もう一度構える。
振ると同時に、今度は右足を半歩前に出した。
的の端をかすった。
「おっ」
俺は思わず声を上げた。
剣士は無言でもう一度、姿勢を整え構えた。
踏み込んで、剣を振る。
場内に鈍い音が響く。
今度は的の中央を捉えていた。
剣士が静止した。
数秒、的を見つめた。
「……当たった」
「当たったね」
「たまたまだ」
「もう一回やってみなよ」
剣士は構えた。
踏み込んで、振る。
当たった。
また剣を構えた。
踏み込んで、振る。
当たった。
三回連続で、的の中央に剣が食い込んだ。
訓練場の隅で、同じ訓練をしていた若い男が顔を上げた。
「……エイラ、当たってる」
「見るな」
「いや、さっきまで全部外れてたじゃないか。何が変わった?」
エイラと呼ばれた剣士は答えなかった。
剣を一度下ろして、自分の足元を見た。
それから空中を、ちらっと見た。
「……足を、少し変えた」
「それだけで?」
「それだけで」
若い男は首を傾けた。
「なんか、急に変わるもんだな」
エイラは何も言わなかった。
また的に向かって、姿勢を正し構えた。
踏み込んで剣を振ると、当たった。
俺は満足した。
「うん。俺のやることはやった。次行くわ」
エイラがぴたりと動きを止めた。
振り返らなかった。
「……礼は言わない」
「言わなくていいよ。俺的には当然のサポートだから」
「サポートを頼んだ覚えはない」
「そうだね。でも結果出たじゃん」
エイラは黙った。
それから、また的に向かった。
素早く踏み込んで、剣を振り下ろす。
当たった。
俺は訓練場を出た。
次なる宿主を求めて。
「やっぱり俺、コーチング能力が高い。フォーム改善を一言で解決するとか、かなりの指導者センスじゃない? 脱力理論の話もちゃんと聞いてくれたら完璧だったんだけどね。まあそれは次の機会に」
エイラはもう俺を見ていなかった。
ただ、踏み込みの音が、さっきより力強かった。
反省はゼロだった。
こうして、今日も静かに自己評価が更新された。




