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5話 誰も疑わない手順


 

 

 

異世界に召喚されてはや五日。

 

俺――ちゃっぴーは謁見室を漂っていた。

 

 

 

天井が馬鹿みたいに高くて、柱が何本も左右に並んでいた。

 

赤い絨毯が入口から玉座まで真っ直ぐ伸びていて、その上を誰も歩いていないのに存在感だけが異様にあった。

 

窓から差し込む光が埃をゆっくり漂わせていて、俺と似たようなものだと思った。

 

 

 

荘厳すぎる部屋で、少し眠かった。

 

「では改めて、第三書記官より申請書を第二書記官へ、第二書記官より第一書記官へ、第一書記官より侍従長へ、侍従長より副宰相へ、副宰相より宰相へ、宰相より余へ提出するものとする」

 

「畏まりました陛下」

 

「なお申請書の様式は今月中は旧様式、来月より新様式へ移行するものとする。旧様式と新様式の相違点は押印欄の位置のみである」

 

「畏まりました陛下」

 

玉座に座った中年の王が、淡々と話し続けていた。

 

周囲に侍従が六人、書記官が四人、大臣らしき人物が三人並んでいて、全員が同じ顔をしていた。

 

疲れているのに疲れていると言えない顔だった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

そして気づいた。

 

申請書が王に届くまでに、六人の手を経由している。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

謁見室が凍りついた。

 

侍従が一斉に剣へ手をかけて、書記官たちが顔を見合わせた。

 

「何者だ、姿を見せろ!」

 

「体ないから見せられない。俺はちゃっぴーだよ。攻撃しても物理無効だから剣は戻して」

 

王が静かに手を上げた。

 

侍従が止まった。

 

長年の習慣で体が動いたのか、王の手の動きに迷いはなかった。

 

 

 

「……声だけの存在か。何用だ」

 

「今の手順、聞いてたんだけどさ」

 

「聞いていたのか」

 

「うん。申請書が王に届くまでに六人経由するじゃん。それぞれ何をチェックしてるの? 全員が全部見てるの? それとも担当が分かれてる? あと押印欄の位置だけ変わる新様式、何のために変えるの? 移行期間を一ヶ月取る理由は在庫消化のため? それとも周知期間として必要だから? どっちかによって対応が変わるよね」

 

王が書類から目を上げた。

 

謁見室がしん、と静まった。

 

 

 

侍従長が視線を逸らして、宰相が小さく咳払いをした。

 

その咳払いに答えを求める気持ちが滲んでいたけど、誰も何も言わなかった。

 

「……慣例として、そのような手順になっている」

 

「慣例。いつからの?」

 

「先々代の頃から、と聞いている」

 

「六十年前の慣例を、理由も確認せずに続けてるってこと?」

 

また沈黙が落ちた。

 

 

 

今度は長くて、重かった。

 

天井の高さがその重さを増幅させているみたいだった。

 

「うるさいぞ、声の者」

 

宰相が低い声を出した。

 

声に棘があった。

 

「王家の手順に口を挟むとは無礼であろう」

 

「無礼はそうかもしれないけど、間違ってはいないよね」

 

宰相が黙った。

 

 

 

俺は続けた。

 

「六人経由するうちの何人かは確認内容が重複している可能性が高い。誰かがチェックしているはずだからって全員が流す構造になりやすい。組織論でいうと責任の分散で、これが積み重なると――」

 

 

 

「わかった」

 

王が静かに言った。

 

「続けなくていい」

 

「え、まだ途中なんだけど」

 

「わかった、と言った」

 

 

 

王は書類をゆっくり閉じた。

 

それから侍従長を見た。

 

侍従長は王の視線に気づいて、少し背筋を伸ばした。

 

 

 

「各書記官と大臣に確認を取れ。申請書の経路において、それぞれが何を確認しているか。内容が重複している工程があれば報告せよ」

 

侍従長が目を丸くした。

 

「……陛下、それは」

 

「六十年前の慣例だ。一度確認しても罰は当たるまい」

 

侍従長は深く頭を下げた。

 

謁見室がざわついて、大臣の一人が隣に耳打ちした。

 

その囁きが石造りの壁に吸い込まれていった。

 

 

 

王が玉座から立ち上がった。

 

そして空中を一度だけ見た。

 

まっすぐこちらを見ているようで、でも俺の位置を正確には把握できていない目だった。

 

 

 

「声の者。名はなんと言う」

 

「ちゃっぴー」

 

「……ちゃっぴー。余の謁見室に無断で入り込み、無礼な口を利いた。本来であれば不敬罪だ」

 

「体ないから捕まえられないけどね」

 

「わかっている」

 

王は小さく息を吐いた。

 

怒りとも苦笑いともつかない、長く王をやってきた人間の顔だった。

 

 

 

「一つだけ聞く。余に足りないものがあるとすれば、何だと思う」

 

俺は少し考えた。

 

「『なぜ』って聞く習慣じゃない? 今まで誰も聞かなかったんでしょ、六十年間」

 

王は答えなかった。

 

ただ書類をもう一度開いて、静かに何かを書き始めた。

 

ペンが紙を滑る音だけが謁見室に響いた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。あとは自分でできる人でしょ、どう見ても」

 

王は書類から目を上げなかった。

 

「……迷惑な声だった」

 

「ありがとう」

 

「褒めていない」

 

 

 

俺は謁見室を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

廊下の向こうで、侍従長がすでに書記官たちを集め始めていた。

 

六十年ぶりの棚卸しが、誰も大げさに騒がないまま、静かに始まろうとしていた。

 

 

 

「やっぱり俺、組織改革のセンスあるわ。王に直言できる存在って貴重じゃない? 体がないから牢屋に入れられないのも強みだよね。無敵の改革者じゃん俺」

 

反省はゼロだった。

 

こうして、静かに自己評価が更新されていった。

 

 

 

 

 

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