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48話 食べていいやつ

48話 食べていいやつ

 

 

 

異世界に召喚されてはや四十八日。

 

俺――ちゃっぴーは宝物庫を漂っていた。

 

 

 

石造りの部屋だった。

 

棚が壁一面に並んでいて、金貨・宝飾品・古い壺・剣・巻物・杯が所狭しと置かれていた。

 

価値があるものばかりなのはわかった。

 

体がないので触れないが、そういう部屋だと認識していた。

 

部屋の中央に、古びた木箱が置いてあった。

 

 

 

違った。

 

古びた木箱が動いていた。

 

正確には、木箱がじりじりと棚に向かって移動し、棚の前で止まり、何かを考えるような間があり、また別の棚に向かって移動していた。

 

ミミックだとわかった。

 

どの棚を食べようかと迷っているのだと思った。

 

だとしたら選り好みしているのはわかった。

 

動きが、うんざりするほど遅かった。

 

 

 

棚の前にいた男が、ミミックに向かって何か言った。

 

「だからそっちは駄目だって言ってるだろう!」

 

ミミックが箱の蓋を開けた。

 

大きな口だった。

 

男が慌てて棚の前に立ちはだかった。

 

「そこの金貨はだめだ、換金したばかりのやつだ!」

 

ミミックが蓋を閉じた。

 

別の棚に移動した。

 

男がまた追いかけた。

 

これが何度か繰り返されていた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

ミミックが動くたびに男が走る。

 

男が止めると、ミミックは別の棚に移動する。

 

止まった場所には規則性があるような、ないような。

 

食べる気がないのかと思ったが、口は開けていた。

 

食べようとはしているが、何かに引っかかって止まっているのだとわかった。

 

腹は減っているが順番を決めかねているのかもしれない、と俺は思った。

 

完全に見当違いだった。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

男がびくっとした。

 

ミミックは蓋を半開きにしたまま止まった。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効だから杖は下ろして」

 

男が杖を下ろした。

 

速かった。

 

慣れていた。

 

「……また来たのか」

 

「また、ってことは俺のこと知ってる?」

 

「名前は聞いている」

 

「迷惑だった?」

 

「複雑だ」

 

正直だった。

 

「で、ミミック、何を食べようとして止まってるの?」

 

「価値のないものを食べようとしているんだ!」

 

「価値のないものを?」

 

「そうだ。ここは宝物庫だ。価値があるものだけを保管するんだ!」

 

ミミックが蓋をぱかっと開いた。

 

口の中がざらざらしていた。

 

「俺は価値のないものしか食べない」

 

「……なるほど」

 

俺は少し考えた。

 

価値のないものしか食べない、という話だった。

 

にもかかわらず男が止めている。

 

ということはミミックが食べようとしているものを、男は価値があると思っているということだ。

 

俺はてっきりミミックが宝物庫のものを手当たり次第に食べようとしているのかと思っていたが、違った。

 

選んでいた。

 

ただ選び方が問題だった。

 

あるいは、選び方は問題じゃなかったかもしれない。

 

 

 

「ちょっと聞くけど、価値のないものって、どういうもののこと言ってるの」

 

ミミックが答えた。

 

「古くて、市場に出回っていないもの。誰も見向きしないもの。見た目が地味なもの」

 

「管理人は?」

 

男がミミックを見た。

 

「換金できないもの。需要がないもの。もう使い道のないもの」

 

「……二人とも『価値のないもの』と同じ言い方してるのに別のものの話してるじゃん」

 

 

 

沈黙だった。

 

ミミックが蓋を一回開けて、閉じた。

 

男が口を開きかけて、止まった。

 

「ミミックは『これは価値がない』って思って食べようとしてる。管理人は『それは価値がある』って思って止めてる。同じものを見てるのに、判断が逆なんだよ。」

 

「……そうだったのか」

 

男の顔が複雑だった。

 

怒っているのか呆れているのか、自分でも決めかねている顔だった。

 

「じゃあ最初から、食べていいものと駄目なものをリストにしたら? 言葉の話じゃなくて、具体的に一個ずつ確認していく」

 

ミミックが自分の蓋をゆっくり開けた。

 

「……それは別にいい」

 

「管理人は?」

 

男が腕を組んだ。

 

一拍あってから、頷いた。

 

「……やってみる」

 

 

 

ミミックが棚の前を一周し始めた。

 

男がその後ろをついて歩いた。

 

壺の前で止まる。

 

「これは?」

 

「駄目だ。先代から引き継いだものだ」

 

「……わかった」

 

次の棚。

 

燭台の前で止まる。

 

「これは?」

 

「古すぎて売れない。好きにしろ」

 

ミミックが燭台を食べた。

 

ぼりぼりと音がした。

 

満足そうだった。

 

男が目を細めた。

 

どことなく、さっきより表情が穏やかだった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

男がミミックから目を離さずに言った。

 

「……助かったのかどうか判断が難しい」

 

「でも止まったでしょ、ずっと続いてた追いかけっこ」

 

「それはそうだ」

 

「じゃあ助かってるよ。たぶん」

 

 

 

俺は宝物庫を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下に出ると、石造りの長い通路が続いていた。

 

体がないので足音はなく、ただ漂っていた。

 

「やっぱり俺、言葉の定義の整理が得意だわ。価値って単語を二人が別の意味で使ってたって見抜いたのは俺だしね。リストにしろって言ったのも俺だよ。ミミックと管理人が追いかけっこをやめて話し合いに移行したのは、俺が基準の話にずらしたからだよ。たぶん。燭台を食べるかどうかは管理人が決めたことだから俺の管轄外だけど、食べる流れを作ったのは俺の整理があったからじゃん。間接的に燭台の消費にも関与してる。体ないけど」

 

 

 

宝物庫の奥で、ぼりぼりと音がした。

 

二個目らしかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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