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47話 誰から教えるか

47話 誰から教えるか

 

 

 

異世界に召喚されてはや四十七日。

 

俺――ちゃっぴーは訓練場を漂っていた。

 

 

 

砂を踏み固めた広場だった。

 

木の杭が何本か立っていて、藁を巻いた的が括りつけてあった。

 

木剣が何本か地面に刺さっていた。

 

訓練生が五人いた。

 

年齢はばらばらだった。

 

大きいやつと小さいやつで、頭一つ分は違った。

 

全員が広場の真ん中に集まって、何かを待っていた。

 

待たれている側がいた。

 

教師らしき女が、広場の端に立っていた。

 

腕は組んでいなかった。

 

剣も持っていなかった。

 

ただ立って、訓練生たちを見ていた。

 

見てから、口を開きかけた。

 

閉じた。

 

一人の方へ歩きかけて、止まった。

 

別の子に視線を移して、また止まった。

 

木剣を一本手に取って、また地面に戻した。

 

訓練生の一人が小声で隣に言った。

 

「……まだ?」

 

隣が肩をすくめた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

女の動きは止まっていなかった。

 

ただ、前に進んでいなかった。

 

口を開いては閉じ、一歩出ては引き、木剣を持っては置く。

 

何かを決めようとして、決まらないうちに次の迷いに移っていた。

 

喉が痛いのかもしれないと思った。

 

あるいは木剣の重さが合わないのかもしれないとも思った。

 

一番大きい訓練生を見たとき、視線がそっちに引っ張られていたので、あの子が問題児なのかもしれないとも思った。

 

しばらく待ったが、女は一向に動かなかった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

女が飛び上がった。

 

「誰だ」

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効だから剣は抜かないで」

 

女が辺りを見回した。

 

訓練生たちも見回した。

 

誰もいなかった。

 

「……何が目的だ」

 

「目的っていうか、さっきから見てたんだけど、喉痛い?」

 

「は?」

 

「何回か声を出しかけてたのに出なかったから」

 

「出なかったんじゃない。出さなかった」

 

「じゃあ木剣が重かった?」

 

「違う」

 

「じゃああの大きい子が問題ありそうで、どこから手をつけるか迷ってた?」

 

女が黙った。

 

正解に近い黙り方だった。

 

名前を聞いたらテスと言った。

 

この訓練場に配属されて二週間、授業が始まらないと言った。

 

 

 

「二週間、毎日こんな感じ?」

 

「そうだ」

 

「訓練生はずっとあそこで待ってたの?」

 

「それぞれ自習はしている」

 

「自習ってことは、教えてもらうこと前提で来てるんじゃん。先生に」

 

テスが少し黙った。

 

「……そうだ」

 

「なんで始まらないの」

 

「……みんなに教えることが決まらない」

 

「何を教えるかが決まらないってこと?」

 

「教えることは決まってる。基礎の型が三つある」

 

「じゃあそれを教えればよくない?」

 

「三つのうち、どれを誰に教えるかが決まらない」

 

「全員に同じやつから教えればよくない?」

 

「体格も経験もバラバラだ。同じものを教えても合わない子が出る」

 

「合わない子が出てから考えればよくない?」

 

テスが少し止まった。

 

「それが怖い」

 

「何が?」

 

「間違えて教えると、変な癖がつく。あとから直しにくくなる」

 

「今、誰にも何も教えてないじゃん」

 

「……」

 

「間違えて教えて直すのと、何も教えないのと、どっちが先に困る?」

 

テスが広場の方を見た。

 

訓練生たちがまだ待っていた。

 

一人が座り始めていた。

 

「ちょっと聞くけど、五人のうち、誰かに教えるの一番簡単なのは誰?」

 

「……一番小さいやつだ。経験がない分、変な癖もない」

 

「じゃあその子から始めればよくない? 誰から始めるかだけ決めればいいじゃん。何を教えるかは決まってるんでしょ」

 

「全員が待ってる」

 

「今も全員が待ってるじゃん。待たせ続けるより一人から始めた方がましじゃない? 残りは見てる間に覚えることもある、かも」

 

テスが一番小さい訓練生を見た。

 

その子がこちらに気づいて、背筋を伸ばした。

 

 

 

テスが木剣を一本取った。

 

今度は地面に戻さなかった。

 

「……おい、お前。来い」

 

小さい訓練生が小走りで寄ってきた。

 

「型の一番から教える。構えてみろ」

 

子どもが木剣を受け取って、ぎこちなく両手で握った。

 

「肘が上すぎる。下げろ」

 

「は、はい」

 

「もっと下だ。そこ」

 

テスが手で位置を示した。

 

子どもが合わせた。

 

「……そこだ」

 

短い言葉だった。

 

でも教師の声だった。

 

さっきまでの声と違った。

 

残りの四人が、少しずつ前に出てきていた。

 

見ていた。

 

座っていた子も立ち上がっていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

テスが振り返らなかった。

 

今は子どもの肘を直すことで頭が一杯だった。

 

「……一応、礼ぐらい言えよ」

 

別の訓練生が小声でつぶやいた。

 

テスが聞こえていたかどうかは、わからなかった。

 

 

 

俺は訓練場を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

砂の広場を離れると、剣を打つ乾いた音が聞こえてきた。

 

一本から始まったやつだった。

 

「やっぱり俺、決断の入口を作るのが得意だわ。誰から始めるかだけ決めれば動けるって見抜いたのは俺だしね。何を教えるかはすでに決まってたのに、誰に教えるかが決まらないせいで全部止まってたじゃん。あそこを指摘したのは俺だよ。テスが直前まで何度も木剣を地面に戻してたの、見てたから。あと、喉と木剣の重さについては全然関係なかったけど、あれは観察の幅を広げてた段階だから別に外れてたわけじゃない。たぶん」

 

 

 

砂を蹴る足音が増えていた。

 

二人分、三人分と重なって、広場が少しだけうるさくなっていた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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