43話 籠の中の順番
43話 籠の中の順番
異世界に召喚されてはや四十三日。
俺――ちゃっぴーは薬師の作業部屋を漂っていた。
棚に瓶が並んでいた。
蓋つきのやつと、蓋のないやつが混在していた。
机の上には大きな籠が一つあって、緑色のものがごちゃっと盛られていた。
薬草だとわかった。
種類が違うのはなんとなくわかった。
でも全部同じ籠に入っていた。
匂いがするかどうかは体がないのでよくわからないが、そういう部屋の雰囲気だった。
静かな部屋だった。
静かなはずだった。
「これじゃない。これでもない。……どれだ」
机の前で、女が薬草を一本ずつ手に取っては戻していた。
取っては戻し、戻しては取り、また取った。
同じ草を三回触った。
俺は数えていた。
三回だった。
さっき一度触ったやつを、また手に取った。
四回になった。
籠の中身は減っていなかった。
増えてもいなかった。
ただ、乱れていた。
俺はしばらく眺めていた。
女の手は丁寧だった。
一本ずつちゃんと確認していた。
でも同じ草を何度も触っていた。
触った痕跡が残らないので、どれを確認済みかわからなくなっていた。
籠がそのままなので、確認のたびに全部の草を見直すことになっていた。
問題は薬草の知識じゃなかった。
手の動きの問題だと思った。
「よお。ちょっといい?」
女が跳び上がった。
「何者だ」
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効だから手は止めて」
女が机の端に置いていた小刀から手を離した。
「……何の用だ」
「薬草、同じの何度も触ってるじゃん」
女が黙った。
図星の黙り方だった。
名前を聞いたらミレスと言った。
調合師で、今日中に熱冷ましの薬を作らないといけないと言った。
「必要な薬草は揃ってるの?」
「揃っているはずだ。でも今日仕入れた草と手持ちの草が混ざってしまって」
「全部同じ籠に入れたの?」
「急いでいたから」
「何種類あるの?」
「八種類だ」
「その八種類、全部見分けられる?」
「見分けられる。でも一本ずつ確認しないとどれがどれかわからなくて」
「同じやつを何度も確認してる間に、最初に確認したやつがまた紛れてる」
ミレスが籠を見た。
「……そうなっている」
俺は少し考えた。
「ていうか籠って一個しかないの?」
「作業台の下にある」
「何個?」
「……五個くらいはある」
「じゃあ全部出してよ。効能ごとに分ければいいじゃん」
「効能ごとに?」
「熱を下げる草、痛みを和らげる草、みたいな感じで。俺は薬草の知識ゼロだから効能はミレスが決めてくれていいけど、同じ籠に入れるなら同じ仲間のやつだけにする、それだけ。あと調合に使う順番があるなら、その順番で札をつけといた方がいいんじゃない? 一番先に使うのに一番下にあったら意味ないじゃん。あと保存用と今日使う分を混ぜてるのも問題で、使わない草を毎回よける手間が発生してる、今も三回やってたよ。あと籠に何が入ってるか書いた札があれば中身を確認するたびに全部触らなくていいわけで、俺的には籠に名前と中身の数を書いて貼ることを推奨したいんだけど――」
「わかった」
ミレスが手を上げた。
「一度に全部は無理だ」
「じゃあ一個だけ。効能で分けるのと、順番で札をつけるの、どっちが今すぐできる?」
「……分けるのは今すぐできる」
「じゃあそれだけやって」
ミレスが作業台の下から籠を三つ出した。
一つ目に、熱冷まし系の草を入れていった。
二つ目に、補助効果の草を入れた。
三つ目に、今日使わない保存用を入れた。
五分もかからなかった。
大きな籠の中身が、三つに分かれた。
「……空になった」
大きな籠が空になっていた。
当たり前だが、全部別の籠に移ったのだから当然だった。
「じゃあ使う順に札つけて」
「今からつける」
ミレスが小さな紙を三枚切った。
「一番」「二番」「補助」と書いて、籠に差し込んだ。
一分かからなかった。
「……できた」
「やることが見えたじゃん」
ミレスが「一番」の籠を手に取った。
迷わなかった。
同じ草を二度触らなかった。
必要な量を取って、次の籠に手を伸ばした。
手が止まらなかった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
ミレスが調合の手を動かしながら顔を上げた。
「……もう行くのか」
「うん。あとは順番通りにやるだけでしょ」
「……そうだな」
短い返事だった。
感謝ともうんざりとも取れなかった。
でも手が止まらなかった。
それで十分だった。
俺は部屋を出た。
次なる宿主を求めて。
廊下の先から、薬草を刻む音が聞こえてきた。
さっきより速かった。
「やっぱり俺、作業フローの整理が得意だわ。籠を分けて札をつけろって言ったのは俺だしね。ミレスが同じ草を何度も触ってたのを見抜いて、原因が知識じゃなく手の動きだと気づいたのも俺だよ。たぶん。籠の名前と数を書いた札のアイデアは最後まで聞いてもらえなかったけど、いつか誰かが同じこと言い出したらそれは俺が先に考えてたやつだからね。一応」
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが積み上がっていった。




