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42話 守り方が違う

42話 守り方が違う

 

 

 

異世界に召喚されてはや四十二日。

 

俺――ちゃっぴーは防衛線を漂っていた。

 

 

 

丘の上に横一列、盾を構えた兵士たちが並んでいた。

 

その中央に、ひときわ大きな影があった。

 

全身を金属板で包んだ男だった。

 

兜から爪先まで、隙間がなかった。

 

盾も他の兵士の倍はあった。

 

どう見ても最前線に立つために生まれてきた生き物だった。

 

ただ、動いていなかった。

 

兵士たちが左右に揺れ、声を上げ、槍を繰り出している中で、男だけが盾を正面に固定したまま微動だにしなかった。

 

岩みたいだった。

 

問題は、岩になってなんの役にも立っていないことだった。

 

防衛線の右端から、敵の一隊が横に回り込んでいた。

 

誰も気づいていなかった。

 

男も気づいていなかった。

 

盾が正面を向いていたから。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

男が盾の陰から声のした方を向いた。

 

誰もいないとわかると、また正面に向き直った。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効だから剣は抜かないで」

 

「……戦場に幽霊か」

 

「幽霊じゃなくて召喚された存在。異世界から来てる。てかそれより右から回り込まれてるよ」

 

男が右を見た。

 

見た。

 

また正面に向き直った。

 

見たのに向き直った。

 

俺はそこで引っかかりを感じた。

 

 

 

名前を聞いたらグラドと言った。

 

重騎士歴二十年と言った。

 

この防衛線で右翼を守る任務を与えられていると言った。

 

 

 

「右翼を守るって言ったけど、今ずっと正面向いてたじゃん」

 

「盾は正面に構えるものだ」

 

「右から来てるのに?」

 

「突破されるなら正面からだ」

 

「今は迂回されてるじゃん。正面は来てないよ」

 

「迂回してきても、この盾があれば弾ける」

 

「盾が正面を向いてたら横には弾けないじゃん」

 

グラドが黙った。

 

図星の黙り方ではなかった。

 

腑に落ちていない黙り方だった。

 

俺は少し考えた。

 

 

 

グラドは嘘をついていなかった。

 

本気でそう思っていた。

 

 

 

「盾を正面に構えることが守備である」という前提が、二十年かけて骨まで染みていた。

 

 

 

「ちょっと聞いていい? その盾、横に向けたことある?」

 

「ない。訓練でも想定していない」

 

「なんで?」

 

「重騎士の守備は正面突破を止めることだ。横は別の兵が担う」

 

「今、横を担う兵はいるの?」

 

グラドが右を見た。

 

「……いない」

 

「じゃあ今日に限っては横を担う必要があるじゃん」

 

「俺の役割ではない」

 

「役割じゃなくても、穴が空いてたら埋めなきゃいけないんじゃない?」

 

「それは指揮官の判断だ」

 

「指揮官は今どこにいるの?」

 

グラドが左右を見た。

 

「……後方だ」

 

「後方の指揮官が気づくまで、右から回り込まれ続けるってこと?」

 

グラドが止まった。

 

今度は違う止まり方だった。

 

処理が追いついていない止まり方だった。

 

 

 

「あのさ、守備の目的って何?」

 

「突破させないことだ」

 

「じゃあ突破させなければいい。正面でも横でも関係ないじゃん。盾を正面に向けることが守備なんじゃなくて、突破させないことが守備なんだよ。今、突破されそうなのは右の横だよ」

 

グラドがまた右を見た。

 

敵の一隊が丘の斜面を回り込んでいた。

 

さっきより近かった。

 

距離が縮まっていた。

 

「……」

 

「盾を横に向けるのって、そんなに難しい?」

 

「……重い」

 

「重くても無理?」

 

「……無理ではないが、やったことがない」

 

「やったことがないのと、できないのは別じゃん」

 

グラドが動いた。

 

ゆっくりだった。

 

きしむような音がした。

 

鎧が軋んでいるのか、グラド自身が軋んでいるのかわからなかった。

 

 

 

盾が、少しずつ横を向いた。

 

完全に横を向いたわけではなかった。

 

斜め四十五度くらいだった。

 

それでも右側に壁ができていた。

 

回り込んできた敵の先頭がグラドに気づいた。

 

止まった。

 

盾の厚みを見て、止まった。

 

グラドは動かなかった。

 

ただ盾を斜めに構えて、そこにいた。

 

岩だった。

 

でも今度は意味のある岩だった。

 

右端から気づいた兵士が数人、グラドの後ろに集まってきた。

 

「……右翼、抑えられてます!」

 

誰かが叫んだ。

 

後方にいた指揮官が顔を上げた。

 

グラドが短く言った。

 

「増援を寄越せ」

 

指示を受けたわけではなかった。

 

自分で言った。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

グラドが盾を構えたまま言った。

 

「待て。お前は何をしたんだ」

 

「何もしてない。盾を横に向ければいいって言っただけ」

 

「重騎士の守備は正面――」

 

「正面に構えることが守備なんじゃなくて、突破させないことが守備なんだよね。それだけ。あとグラドが盾横に向けるの、二十年の習慣あったのにやれたじゃん。普通にすごい。俺的にはそこが一番の成果だと思う」

 

グラドが黙った。

 

感謝でも反論でもない黙り方だった。

 

何かを整理している顔だった。

 

「まあ、指揮官に怒られたりするかもしれないけど、突破されるよりはいいんじゃない?」

 

「……そうだな」

 

短かった。

 

でも二十年の何かが動いた声だった。

 

 

 

俺は防衛線を離れた。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

丘の上で、グラドはまだ盾を斜めに構えていた。

 

増援が集まって、右翼の穴が塞がっていた。

 

「やっぱり俺、前提の書き換えが得意だわ。盾を正面に向けることと守備することが同義だと思ってたのを分離させたのは俺だしね。二十年の習慣を一話で動かすのって、普通に難易度高い案件だよ。指揮官が気づく前に俺が気づいたのも、俺がいなかったら右翼突破されてたかもしれないってことで、これ実質的に戦局を変えたことになる。体ないけど」

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、戦果として静かに積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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