40話 届かない槍
40話 届かない槍
異世界に召喚されてはや四十日。
俺――ちゃっぴーは城門前を漂っていた。
石造りの門だった。
大きかった。
そびえていた。
門の前には広場があって、石畳が敷かれていた。
体がないので石畳の硬さはわからないが、そういう作りだと認識していた。
午前中だった。
光が斜めに差していた。
広場の端で、男が一人、槍を構えていた。
突いていた。
何度も突いていた。
藁を束ねて立てた的に向かって、繰り返し突いていた。
当たっていなかった。
俺はしばらく眺めていた。
男の動きは悪くなかった。
脚は動いていた。
踏み込んでいた。
ただ、槍の穂先が的の手前で止まっていた。
毎回、ほんの少し届かなかった。
一寸か二寸か。
その分だけ、的は無傷だった。
何度見ても同じだった。
踏み込みは悪くない。
脚は問題ない。
なのに穂先だけが届いていなかった。
五回、六回、七回。
毎回同じ場所で止まっていた。
規則正しかった。
規則正しく届いていなかった。
突くたびに脇が締まっていた。
きっちり締まっていた。
身体を小さくまとめるみたいな構えだった。
踏み込みの力は的まで届いていた。
腕だけが、届いていなかった。
「よお ちょっといい?」
男が槍を構えたまま振り返った。
誰もいないとわかると、また的に向き直った。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
「……」
「槍、届いてないじゃん」
男が止まった。
「見てたのか」
「しばらくね」
「余計なことを言うな」
「当たらない理由、たぶんわかるんだけど」
男がため息をついた。
ため息の短さで、心当たりがある人間のため息だとわかった。
名前を聞いたらドーグと言った。
城門の衛兵で、先週から槍の練習をしていると言った。
「なんで先週から?」
「隊の演習で当たりが浅いと言われた」
「もともとは当たってたってこと?」
「……当たってはいた」
「なんで届かなくなったの?」
「構えを直した」
「なんで?」
「隊長に言われた」
「なんて言われた?」
「脇を締めろと」
俺は少し考えた。
隊長の指示は筋が通っていた。
なのに今、ドーグの槍は届いていない。
「脇を締めることと、腕を伸ばすことって、別の話じゃない?」
ドーグが止まった。
「脇を締めることばっかり意識して、腕を最後まで出すのを忘れてたりしない?」
「……」
「踏み込みは届いてるじゃん。脚は問題ない。腕だけじゃないかな、たぶん」
ドーグが自分の腕を見た。
構えたまま、少し止まった。
「……腕を、出す」
「そういうことになるんじゃない?」
ドーグが構え直した。
脇を締めたまま、腕を前に出した。
さっきとは少し違う構えになった。
慣れていない動きだった。
踏み込んで突いた。
穂先が的に刺さった。
「……当たった」
「当たったね」
ドーグがもう一度突いた。
また刺さった。
三回目も刺さった。
「……当たる」
「当たり続けてるじゃん」
ドーグが槍を引いた。
自分の腕を見た。
構えを確認するように、もう一度ゆっくり動作を作った。
脇を締めて、腕を出す。
その順番を確かめるみたいに、ゆっくりやっていた。
「……それだけだったのか」
「だったっぽいね」
「……脇を締めることしか考えていなかった」
「そうだったっぽいね」
「隊長の指示は間違っていなかったのか」
「たぶん間違ってない」
ドーグが短く息を吐いた。
長い息だった。
一週間分くらいの息だとわかった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
ドーグが的を見たまま言った。
「……何者だ」
「声だけの存在、さっき言ったじゃん」
「槍の知識があるのか」
「ないよ」
「なのに当たった」
「腕の動き見てただけだよ」
ドーグが短く鼻を鳴らした。
礼とも相槌ともつかない音だった。
「……まあ、結果は出た」
「そうだね」
複雑な顔だった。
素直に礼を言う気にもなれないが、無視もできない、そういう顔だった。
俺は城門前を離れた。
次なる宿主を求めて。
石畳の広場を抜けて、城門の影から外に漂い出た。
昼前の光だった。
体がないので光の温かさはわからないが、そういう時間だとわかった。
「やっぱり俺、フォーム分析の専門家だわ。脇を締めることと腕を伸ばすことは別の話だって最初に言ったのは俺だしね。槍の知識ゼロで当てたんだから、知識がある人より難易度高かったと思う。たぶん。ドーグが自分で気づいたって言い張ることもできるけど、最初に言ったの俺だから、まあ俺の功績でいいと思う。たぶん。体感的にもそう。体ないけど」
城門の向こうで、槍の突く音が続いていた。
さっきより、音が固くなっていた。
的に刺さっている音だとわかった。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが槍の長さ一本分積み上がった。




