39話 密集のしすぎ
39話 密集のしすぎ
異世界に召喚されてはや三十九日。
俺――ちゃっぴーは湿地を漂っていた。
水と泥が混ざった、底の見えない場所だった。
葦が生えていた。
水面は静かなはずだった。
静かじゃなかった。
一角がうごめいていた。
ワームだった。
腕ほどの長さの細いやつらが、泥から頭を出している。
一匹じゃなかった。
数えたら二十は超えていた。
同じ場所に固まっていた。
固まりすぎていた。
隣のやつと体が触れていた。
触れたやつが向きを変えようとして、また別のやつにぶつかった。
潜ろうとしているやつが、上にいる別のやつに押されて潜れなかった。
水面で詰まっていた。
渋滞していた。
ワームが渋滞していた。
俺はしばらく眺めていた。
「よお ちょっといい?声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
ワームは答えなかった。
互いにぶつかって、潜れないままだった。
「隣のやつが動いた振動に反応してる?それとも、別の振動が原因だったりする?とにかく、それで全員で集まっちゃってる」
ワームたちは答えなかった。
相変わらず互いにぶつかり合って、泥を跳ね飛ばしていた。
「まあ無理か。そういうやつらだよな」
少し離れた場所に青いやつがいた。
スライムだった。
ぷるぷると震えながら、水面を這っていた。
困った様子はなかった。
のんきだった。
ワームが渋滞しているのを気にしていなかった。
まあ関係ないからだろう。
関係あったけど。
「よお ちょっといい?もしかしてぷるちゃん?」
スライムがぷるっと震えた。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。まあ、覚えてなくても問題ないけど。あっちのワームたち、見てる?」
スライムがぷるっと震えた。
見ていない顔だった。
顔がないので顔ではないが、そういう感じだった。
「あそこ、詰まってるよ。潜れてないやつがいる。渋滞。ワームの渋滞。お前が原因だと思うんだけど」
スライムがぷるぷると震えた。
心外そうな震え方だった。
「いや責めてないよ。ちょっと観察してて気づいたんだけど、お前が動くたびにワームが増えるんだよね。お前が止まると落ち着く。また動くと増える。三回確認した。たぶんお前の振動に反応してる」
スライムがぷるっと震えた。
「ワームって振動に過剰反応するんだと思う。泥に何か伝わると、集まってくる性質があるんじゃないかな。で、お前が這うたびに全員集合して、集まりすぎて今度は潜れなくなってる。あいつら別に集まりたいわけじゃないと思うんだよね。反応したら全員来ちゃって、自分でもどうにもできなくなってる感じ。見てて気の毒だったよ、ちょっと」
スライムはぷるっと震えた。
「まあスライムのせいでもないけど。ただワームが詰まってるのはそういう理由だと思う。根拠はないけど」
「で、頼みたいんだけど」
スライムがぷるっと震えた。
「止まってみてよ。今すぐ。動くのをやめる」
スライムが止まった。
水面の振動が消えた。
ワームが少し落ち着いた。
頭を出していたやつが、一匹、二匹と泥に潜っていった。
「見た? 潜れた。振動がなくなったから反応しなくていいんだよ、あいつら。集まる理由がなくなった」
スライムはぷるっと震えた。
「このままずっと止まってろとは言わないけど、今みたいに派手に這うのをやめてほしい。ゆっくり動いて振動を減らす。お前、体が柔らかいから力を分散できるでしょ。それで泥への伝わり方が変わると思う。あとスライムの移動最適化は一日目でもしたけど、それはまた今度」
スライムがぷるっと震えた。
「じゃあゆっくり動いてみてよ」
スライムがゆっくり動き始めた。
水面の揺れが小さかった。
ワームが一匹、頭を出した。
すぐ引っ込んだ。
また一匹、出た。
また引っ込んだ。
集まらなかった。
密集していた場所が、静かになっていた。
二十匹いたやつらが、それぞれ別の方向に散って、泥の中に戻っていった。
渋滞が消えた。
水面が、普通の水面になっていた。
ワームの渋滞が、なくなった。
「戻れたじゃん」
スライムがぷるっと震えた。
「あいつらは最初から潜りたかったんだよ。ただ振動が来るたびに出てきてしまってただけで。振動がなければちゃんと潜れる」
「俺のやることはやった。次行くわ」
スライムがぷるっと震えた。
「ゆっくり動くの、続けてよ。また集めちゃうから」
スライムはもう水面の先を向いていた。
ゆっくりと動いていた。
振動が少なかった。
ワームは出てこなかった。
俺は湿地を出た。
次なる宿主を求めて。
葦が風に揺れていたが、体がないので当たらなかった。
「やっぱり俺、生態の因果関係を見抜く能力が高いわ。振動に過剰反応してワームが密集してたって見抜いたのは俺だしね。潜れなくなってたのも、集まる理由がなくなれば解決するって判断したのも俺だよ。ワームが散ったのはスライムが止まったからだけど、止まれって言ったのは俺だから実質同じ。あとワームを見て気の毒だったのは本当。体ないけど」
水面は静かだった。
ワームは出てこなかった。
葦だけが揺れていた。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが積み上がった。




