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38話 価値の在り処

38話 価値の在り処

 

 

 

異世界に召喚されてはや三十八日。

 

俺――ちゃっぴーは倉庫を漂っていた。

 

 

 

棚が壁際に並んでいて、木箱が積み上げられていた。

 

箱の一つ一つに布が被せてあった。

 

埃の匂いがした。

 

体がないので匂いを感じるかどうかは例によってよくわからないんだが、そういう場所だと認識していた。

 

ただの倉庫じゃなかった。

 

布の下から、金属の光が少し漏れていた。

 

静かな倉庫だった。

 

 

 

男が一人、棚の前に立っていた。

 

布を一枚めくって、中を確認して、また被せた。

 

次の箱の布をめくって、確認して、また被せた。

 

その繰り返しをしていた。

 

うっとりした顔だった。

 

確認するたびに、少し顔がほころんだ。

 

コレクターだとわかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

布の下にあるものが少しずつ見えた。

 

硬貨だった。

 

金貨、銀貨、銅貨、見たことのない意匠のものまで、種類が違う硬貨が箱ごとに分けられていた。

 

男は確認するだけで、何も動かさなかった。

 

動かす気もないらしかった。

 

ただ見ていた。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

男が布を被せたまま振り返った。

 

誰もいないとわかると、また棚に向き直った。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

「……出ていってくれ、ここは私室だ」

 

「私室に硬貨がこんなにあるの?」

 

男が止まった。

 

「……見たのか」

 

「布の隙間から見えた。すごい量だね」

 

男の顔が少し変わった。

 

自慢したいのか隠したいのか、どちらかわからない顔だった。

 

 

 

名前を聞いたらオルドと言った。

 

この街の商人で、三十年かけて珍しい硬貨を集めてきたと言った。

 

「何枚くらいあるの?」

 

「数えていない。数えると減った気がするから」

 

「減らないよ、数えても」

 

「気がするんだ」

 

「使う予定は?」

 

「ない。使ったらなくなる」

 

「売る予定は?」

 

「ない。手放したくない」

 

「じゃあずっとここに置いておくってこと?」

 

「そうだ。見ているだけでいい」

 

俺は少し考えた。

 

三十年分の硬貨が倉庫に積まれている。

 

使わない。

 

売らない。

 

見るだけ。

 

 

 

「ちょっと聞くけど、硬貨って何のためにあるの?」

 

オルドが眉を動かした。

 

「……価値を持つためだ」

 

「価値って、使えるから価値があるんじゃない? 使わない硬貨に価値はあるの?」

 

「ある。ここにある」

 

「それはオルドにとっての価値だよ。硬貨本来の価値は流通することで生まれるんじゃない? ここに積んでるだけじゃ、金属の塊と変わらない。あと希少な硬貨なら市場に出た方が本来の評価がつくし、コレクターに売れば適切な価格になる可能性がある。今は価値があるはずのものが価値を発揮できない場所に置かれてるって気づいてる? あと湿気も気になるんだよね、金属は保管環境で劣化するから専用のケースが必要で、温度管理も――」

 

「わかった、わかった」

 

オルドが手を上げた。

 

「一個だけ言え」

 

「使わない硬貨は硬貨じゃなくて飾りだよ」

 

オルドが黙った。

 

「飾りが悪いとは言ってない。でも飾りとして持つなら、飾りとして一番いい状態で持つ方がいいんじゃない? 今は布を被せて箱に入れて積んでるじゃん。見えてないじゃん」

 

「……見ている」

 

「布をめくるたびに確認するやつ?」

 

「そうだ」

 

「それ、飾りとして正しい持ち方?」

 

 

 

オルドが長い間黙った。

 

棚の箱を見た。

 

布が被さった箱を、端から端まで見た。

 

「……見るために持っているのか、持っているから見ているのか」

 

独り言だった。

 

俺に言ったわけじゃなかった。

 

でも何かが引っかかった声だった。

 

「どっちだと思う?」

 

「……わからなくなった」

 

「わからなくなったんだ」

 

「そうなる」

 

オルドが一つの箱の布を取った。

 

被せるためじゃなかった。

 

そのまま畳んで、棚の端に置いた。

 

硬貨が見えた。

 

金貨だった。

 

意匠が細かくて、光を反射していた。

 

 

 

「……こうして見ると、きれいだな」

 

「飾りとして持つなら、見えてる方がいいじゃん」

 

オルドが隣の箱の布も取った。

 

また畳んだ。

 

また硬貨が見えた。

 

今度は銀貨だった。

 

金貨と並んだ。

 

 

 

「……並べると、違いがわかる」

 

「それが本来の持ち方なんじゃない?」

 

オルドは答えなかった。

 

次の箱に手を伸ばしていた。

 

布を取った。

 

畳んだ。

 

硬貨が三列並んだ。

 

棚の前で、オルドがしばらく立ったまま見ていた。

 

布を被せたときと顔が違った。

 

うっとりの種類が変わっていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

オルドが硬貨から目を離さなかった。

 

「……もう少しいてもいいぞ」

 

「え」

 

「珍しい硬貨の話でもするか」

 

「俺、硬貨の知識ないよ」

 

「見ているだけでいい」

 

複雑な誘い方だった。

 

体がないので見えているかどうかも微妙だったが、そこには触れなかった。

 

「次があるから行くわ」

 

「そうか」

 

短い返事だった。

 

硬貨の方が大事な返事だった。

 

でも布は畳まれたままだった。

 

 

 

俺は倉庫を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

外に出ると街の音が届いてきた。

 

体がないので音が聞こえるかどうかは毎回微妙なんだが、なんとなくそういう感じがした。

 

「やっぱり俺、価値論の整理が得意だわ。使わない硬貨は飾りだって指摘したのは俺だしね。飾りなら見える状態で持つべきって言ったら布を全部取り始めたのも、俺の一言が刺さったからだよ。たぶん。硬貨の話でもするかって誘われたの、俺の存在が心地よかったからだと思う。体ないのに」

 

 

 

倉庫の中から、布を畳む音がまだ続いていた。

 

箱の数だけ続きそうだった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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