36話 分身の本体
36話 分身の本体
異世界に召喚されてはや三十六日。
俺――ちゃっぴーはボス部屋を漂っていた。
広かった。
天井が見えないくらい高かった。
床に魔法陣が描かれていた。
中央に、大きな影があった。
アルトがいた。
剣を持って走り回っていた。
走り回りながら切っていた。
切るたびに何かが砕けた。
砕けた直後に、また同じ形が現れた。
ボスだった。
正確には、ボスらしきものが十体以上いた。
全部同じ形だった。
全部同じ動きをしていた。
分身だとわかった。
問題は、アルトもそれをわかっているはずなのに、全部を切り続けていることだった。
「よお」
「今は話しかけるな」
「分身、何体倒した?」
「三十以上だ」
「本体、見つかった?」
「……まだだ」
俺はボスを見た。
分身と本体の見分け方の問題だと最初は思った。
でも違った。
アルトは見分けようとしていなかった。
全部を倒せば本体が残ると思っていた。
それで三十体以上切っていた。
分身は減っていなかった。
「ちょっと聞くけど、切ったやつ、すぐ再生してない?」
「している。だから数が減らない」
「再生速度を上回れば本体が炙り出せると思ってる?」
「そうだ」
「三十体以上切って、再生速度を上回れた瞬間はあった?」
「……なかった」
「じゃあ再生速度を上回るのは今の方針では無理じゃないの」
アルトが一瞬止まった。
分身が追いついてきたので、また動いた。
「見分ける方法がない」
「全部が全く同じ動きをしてるの?」
「……ほぼ同じだ」
「ほぼ、ってことは違う部分がある?」
「……一体だけ、俺の動きに対して反応が速い」
俺はそっちを探した。
いた。
他の分身より、アルトの剣筋を先読みしていた。
微妙な差だったが、確かに違った。
「反応が速いやつが本体なんじゃないの。分身は指示を受けて動いてるなら、本体の方が判断が速い」
「……そうかもしれない」
「でも今、そのやつを優先して切ってないじゃん」
「どれかわからなくなる。全部が似た動きをするから」
俺はしばらく考えた。
「全体を見ようとするから見失うんじゃないの。反応が速いやつだけに絞って、他を無視する。数を減らすんじゃなくて、一体だけ追い続ける」
「他を無視すれば囲まれる」
「囲まれたらどうなる?」
「……手数が減る」
「手数が減るのと、三十体以上切り続けて本体が出てこないのと、どっちが今の問題?」
アルトが止まった。
本当に止まった。
分身が数体、アルトに向かっていった。
アルトが動かずに捌いた。
動かなくていい分、視線が定まった。
「……いた」
反応の速い一体を見つけた顔だった。
アルトが動き始めた。
他の分身を無視した。
囲まれた。
それでも視線は一体に向いていた。
剣が入った。
その一体だけが、砕けた後に再生しなかった。
部屋が静かになった。
他の分身が全部消えた。
魔法陣の光が弱くなった。
「……本体だった」
「だったね」
アルトが剣を下ろした。
部屋の中を見回した。
消えた分身の残滓が、空気の中に漂っていた。
「三十体以上切っていた」
「うん」
「最初から一体を追い続ければよかった」
「まあそうだね」
アルトが黙った。
複雑な顔だった。
強さと疲労と、何か腑に落ちない感触が混ざった顔だった。
「一個だけ聞いていいか」
「なに」
「俺はここ数日、毎回同じところで詰まっている気がする。なぜだと思う」
俺は少し考えた。
「なんか全部まとめてやろうとしてない?」
「……それは気づいていた」
「じゃあ俺に言えることはないじゃん」
アルトが短く笑った。
笑い方が強かった。
格は落ちていなかった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「……また来るか」
「さあ。漂ってるから」
アルトが一度だけ足を止めた。
何かを決めた顔だった。
俺はボス部屋を出た。
次なる宿主を求めて。
ボス部屋の床で、紫色の光が広がっていた。
分身を切るたびに、光の線が増えていった。
本体が倒れたあとも、光は消えなかった。
床の上を、細い線が何本も走っていて、光が一定方向に向かって収束していた。
綺麗だと思った。
体がないからたぶんそう感じた気がする。
「やっぱり俺、四日間通して同じ本質に気づいてたわ。前提の誤認、タイミングの問題、連動の把握、一体を絞る判断、全部繋がってるじゃん。アルトが自分で気づいていたって言ってたけど、気づいてても解決してなかったじゃん。言語化したのは俺だよ。それで十分でしょ。たぶん」
収束した光が天井を貫いているように見えた。
反省はゼロだった。
自己評価だけが、四日分まとめて上がっていった。




