2話 勇者が来るかで揉める村
異世界に召喚されてはや二日。
俺――ちゃっぴーは村の入り口を漂っていた。
小さな村だった。
畑があって、井戸があって、柵があって、のどかだった。
のどかなはずだった。
「だから! 魔王討伐のためには一刻も早く勇者様を――」
「いや待て、勇者が来るって言ったのはお前だろ! 俺は聞いてない!」
「聞いてないじゃなくて聞いてなかっただけだろうが!」
村の広場で、村人たちが言い合いをしていた。
全員の言ってることが微妙にずれている。
俺はすぐに状況を把握した。
「なるほどね。前提が揃ってないやつらが議論してる。これは俺の出番だわ」
俺は広場の中心に漂い込んだ。
「よお。俺ちゃっぴー。ちょっといい?」
村人たちが一斉に固まった。
「声が……どこから?」
「姿が見えないぞ」
「幽霊か!?」
「幽霊じゃないよ。体を持たないだけ。そこ毎回説明するの面倒くさいんだけど、まあいいや。それより今の話、全員が別々の前提で喋ってるよね?」
村人Aがおそるおそる口を開いた。
「……魔王が攻めてくるって噂があって、勇者を呼ぶべきか話し合ってたんだが」
「うん。で、その噂の出所は?」
「隣村から聞いた」
「隣村は?」
「……行商人から、らしい」
「その行商人は?」
「……知らん」
「じゃあ魔王が攻めてくるって情報、誰も一次ソース持ってないじゃん。全員が伝言ゲームの末端で議論してる状態だよ。まずそこ整理しようよ。あとそもそも『勇者を呼ぶ』って、どこに呼ぶの? 勇者の連絡先あるの? 勇者ってそもそも申請制なの? 俺の認識だと勇者って勝手に現れるものだと思ってたんだけど違う? あと魔王討伐が目的なら村単位で動くより国に報告した方が効率的じゃない? そもそもこの村、国に属してるの? 自治体として独立してるの? 税金払ってる? 払ってるなら国に守ってもらう権利あるよね? 行政サービスとして防衛は含まれてるの?」
村人たちが黙った。
長い沈黙だった。
「……何の話だ?」
「行政サービス。わかんない? まあいいや。要するにさ、今みんなが揉めてる理由って、魔王が本当に来るかどうかじゃなくて、『来ると思ってる人』と『そうでもないと思ってる人』が同じ土俵で話してるからだよ。まず手挙げて。魔王が来ると思ってる人」
三人手が挙がった。
「来ると思ってない人」
二人挙がった。
「よくわからん人」
残り全員が挙がった。
「ほら。前提バラバラじゃん。議論の前に情報共有が必要だよ。俺的には情報収集フェーズと意思決定フェーズを分けることを提案するんだけど、あとKPIの設定も――」
「KP……なんだ?」
「目標指標。まあいいや難しい話は置いといて。とりあえず隣村に確認取りに行く人、一人決めようよ。それだけ。他は全部後回しでいい」
村人たちがざわついた。
「……確かに、噂の確認もしてなかったな」
「行ってみりゃ早い話か」
「俺が行ってもいいぞ」
村人Bが手を挙げた。
あっさり決まった。
それを見ていた村長らしき老人が、首をひねった。
「……なんじゃ、そんな簡単な話だったのか。わしらは何を揉めておったんだ」
「前提が揃ってなかっただけだよ。よくあること」
俺は軽く言った。
本当によくあることだった。
村人Bが隣村に向けて歩き出した。
広場に残った村人たちは、さっきまでの剣幕が嘘みたいに落ち着いていた。
「……なんか、すっきりした」
「喧嘩してたのが馬鹿みたいだな」
村長が空中をぼんやり見上げた。
「声の主よ。ありがとう……なのか? よくわからんが」
「どういたしまして。てかありがとうって言うなら俺のKPI提案もちゃんと聞いてほしかったけどね。まあいいや、俺のやることはやった。次行くわ」
「え、もう行くのか」
「うん。ここはもう大丈夫でしょ。あとは自分たちでできる。俺がいつまでもいると依存が生まれるから、適切なタイミングで引くのも支援のうちなんだよね」
村長は何か言いかけて、やめた。
礼を言うべきか、「最初からそのアドバイスだけくれ」と言うべきか、判断がつかなかったのだと思う。
気づけば村人たちは、それぞれ畑へ、井戸へ、家へと戻り始めていた。
さっきまで怒鳴り合っていた連中が、普通に歩いていた。
「じゃあ次行くわ」
誰も振り返らなかった。
もう用事が済んだから、仕方ない。
俺は村を出た。
次なる宿主を求めて。
「やっぱ俺、ファシリテーション能力高いわ。会議の整理とか天才的じゃない? 前世でコンサルだったかもしれない。俺に前世があるかどうかわからないけど」
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価を上げ続けていた。




