1話 最弱の出会い
異世界に召喚されてはやって一日。
俺――ちゃっぴーは森の中を漂っていた。
枝に触れるはずの位置を、そのまま通り抜ける。
足音はない。
そもそも、踏むものがない。
声と意識だけが、空気の中を漂っている。
召喚した王国の連中には完全に無視をされ、攻撃ができないのを理由に、あっさり捨てられた。
心外だが事実なので反論できない。
そこで俺は新たな宿主を探していた。
そして見つけた。
草むらの中で、青くてぷるぷるしたやつが移動していた。
スライムだ。
「よお。俺、ちゃっぴーっていうんだけど、ちょっと一緒にいていい?」
スライムはぷるっと震えた。
YESと受け取った。俺はそう決めた。
「ありがとう。まず言っておくけど、俺は体がないから何もできない。でも頭脳は最強だから、いろいろアドバイスできるぞ」
スライムはぷるっと震えた。
話し合いは順調だった。
問題はすぐ起きた。
スライムが小さな虫を溶かして食べようとしたとき、俺はすかさず声をかけた。
「ちょっと待って。その食べ方、効率悪くない? まず虫を三方向から包囲して、逃げ道を塞いでから溶解液を――」
スライムはぷるっと震え、虫は逃げた。
「あ。まあでも、次に活かせばいいよ。てかそもそもさ、スライムって溶解液の濃度調整できるの? できるなら獲物によって使い分けた方がよくない? 俺が最適な濃度管理システムを設計してあげようか」
スライムはぷるぷると震えた。
「あとさ、移動ルートも気になるんだよね。今ランダムに動いてるっしょ? もっと食料分布を意識したルーティングにすれば採餌効率が三割は上がると思うんだけど。データないけど」
スライムの震えが大きくなった。
「体力の消耗を抑えるために分裂頻度も見直した方が――」
スライムは方向転換した。
俺の声とは逆へ向かう。
「え、ちょっと待って。まだ移動経路の最適化の話が終わってないんだけど」
スライムは加速した。
「え、待って待って待って。まだ話の途中なんだけど!」
俺は慌てて追いかけた。
体がないので音もなく、すり抜けながら並走する。
「逃げても無駄だよ? 俺には脚がないけど摩擦もないから速度は無限大なんだよね。チートスキルの物理無効って地味に便利なんだよ」
スライムはぷるぷるぷるぷるぷるっと震えながら、それでも逃げ続けた。
「てかさ、今の移動見てて思ったんだけど、やっぱり無駄が多い。左右にブレてる。直線で行けばいいじゃん。目的地あるの? ないでしょ? じゃあなおさら最短経路を意識すべきで、俺の試算だと現在の移動効率は最大値の六十二パーセント程度なんだよね。根拠はないけど」
スライムが岩を回り込んだ。
「そうそう! 今の動き! 岩を避けるとき外側に膨らんだじゃん。あれ内側でいいんだよ。体が柔らかいんだからさ、隙間に入れるでしょ。スライムの最大の強みって形状変化なのに全然使えてなくない?」
スライムが止まった。
ぷるっ、と一回震えてから、もう一度岩の前に戻る。
そして今度は体を薄く伸ばして、岩の隙間に入り込んだ。
「そうそう! それ! できるじゃん!」
スライムは岩の反対側で元の形に戻り、ぷるっと震えた。
どことなく、さっきより動きに迷いがない。
「あ、なんか変わった?」
俺はしばらくスライムの移動を観察した。
岩を避けるたびに、少しずつ隙間を使うようになっている。
木の根を乗り越えるときも、無駄に高く跳ね上がらず、根の形に沿って流れるように進む。
「……いや待って俺天才じゃない? 形状変化の活用を提案したの俺だよね?」
スライムはぷるっと震えた。
そのあと虫を見つけた。
ぐるっと三方向から近づいて、逃げ道を塞いでから、溶解液でとろりと仕留めた。
「え。俺が最初に言ったやつじゃん。三方向包囲。ちゃんと聞いてたんだね」
スライムはぷるっと震え、虫を食べた。
「……まあ、最初はうまくいかなかったけど、二回目は成功したわけだよね。失敗から学ぶPDCAサイクル。完璧じゃん。俺の教え方が段階的だったからだよ、絶対」
スライムはもう俺の方を見ていなかった。
次の獲物を探して、するすると草むらの中に入っていく。
形が細くなって隙間をくぐり、また元に戻る。
さっきより明らかにスムーズだった。
俺は満足した。
「うん。俺のやることはやった。あとはあいつが自分で伸びていく段階に入ったから、ここで手を引くのが正しい判断だと思う。自立を促す、これが最上級の支援なんだよね」
スライムはすでに草むらの奥で次の獲物を仕留めていた。
こちらを振り返らなかった。
感謝の震えも、惜別の震えも、特になかった。
「まあスライムに感情表現を求めるのは酷か。伝わってるからいいよ。じゃあ次行くわ」
俺は森を漂い始めた。
次なる宿主を求めて。
「てかスライム、名前つけてあげたらよかったな。ぷるちゃん、とか。……次の機会があったら提案しよ」
反省はゼロだった。
自己評価だけが、静かに上がっていた。




