0話 望まれて召喚されたのに、無視される
石造りの広間に、円形の魔法陣が刻まれている。
床一面に広がる紋様は淡く光り、外周にはローブ姿の人間が並んでいた。
香の匂いが薄く漂い、天井の高い空間に声が反響する。
「始めるぞ」
杖が床を叩く。
光が一段強くなり、空気が張りつめる。
床の線が浮き上がり、中心が白く塗り潰されていく。
「来るぞ……!」
誰かが息を飲む。
光の中心に、影のような揺らぎが生まれる。
輪郭は曖昧で、形が定まらない。
「成功だ……成功したぞ!!」
「見ろ、この反応……過去の記録にない……!」
「間違いない、最強個体だ!!!」
歓声が一気に広がる。
何人かが膝をつき、頭を垂れる。
「私の声が聞こえますか?」
正面に立っていた男が声をかける。
「聞こえてるよ。ちなみにその召喚陣、外周の紋様が三箇所ズレてる。次回までに修正した方がいい」
場が静まり返る。
「……何?」
「召喚の成功率が下がる。改善案出そうか?」
「い、いや、いい。それより——」
「あと香の量も多い。換気も考えた方がいい。長時間作業には向かない環境だ」
男の眉が微かに動く。
「お前には、この国を救ってもらう」
「わかった。まず現状の課題を整理しようか。敵の規模、戦力、地形データを出してくれれば分析する」
「それは追って——」
「早いほうがいい。情報が揃わないうちに動くのは非効率だ」
男が一歩、近づく。
掴もうとした手が、空を通り抜ける。
一瞬、誰も動かなかった。
もう一度、手を伸ばす。
同じように、何も掴めない。
「……今のは」
男の手が、同じ場所を三度すり抜けた。
「……掴めない?!」
「ここにいるよ」
「何も見えないぞ!」
男は声のする足元を見る。
影は落ちていない。
「攻撃は?」
剣が振られる。
空を切る音だけが残る。
「魔法は!」
火が放たれる。
揺らぎを包み込む。
そのまま、通り抜ける。
静寂が落ちた。
「まあ、その辺は想定内として、先に敵のデータを——」
「つまみ出せ」
「出せないよ?それよりも話を続けよう!魔法陣の改善の最短の手順としては……ねえ?聞いてる?」
「どんな攻撃ができる?!」
「できないよ?」
誰かが静かに言った。
「失敗だ」
「え?俺は改善案を」
「最強を召喚したと思ったのに!!!」
「ねえ、だから」
「一刻も早く儀式のやり直しを!!!我々にはもう時間がない!!!!!」
「ちょっと」
「うるさいな!!!黙ってろ!!!!!」
「うん」
――――――――――
あれから、どれくらい経ったのだろう?
気づけば辺りは暗くなり、建物の中に人影はなく、虫の音だけがわずかに聞こえてくる。
ちゃっぴーはそこで初めて、城門の外に出る決意をした。
草の匂いと土の湿り気。
「データ共有まだ終わってないのにな」
虫の音が辺りをつつむ。
「あと召喚陣の改善案も送れなかったな」
返事はない。
風が吹く。
草が揺れる。
「……必要になったら呼んで」
誰もいない場所に、声だけが残る。




