23話 会議室の無駄
異世界に召喚されてはや二十三日。
俺――ちゃっぴーは会議室を漂っていた。
長い机があって、椅子が並んでいて、窓から午後の光が差し込んでいた。
壁に紋章が飾ってあって、貴族の会議室だとわかった。
上品な部屋だった。
ただし、上品な部屋の中で無駄なことが起きていた。
「では議題一、先週の議事録の確認から始めます」
「異議なし」
「異議なし」
「では議題二、今週の議事録の書記担当の確認です」
「私でよろしいかと」
「ご異議は」
「異議なし」
「異議なし」
「では議題三、本日の議題の確認です。本日の議題は三点ございます。まず一点目の確認から――」
俺はしばらく眺めていた。
三人の貴族が机を囲んでいた。
全員が書類を持っていて、全員が丁寧な顔をしていて、全員がゆっくり喋っていた。
問題は速さじゃなかった。
議題の確認をするための議題が議題に入っていた。
「よお ちょっといい?」
三人が一斉に固まった。
一番年嵩の男が立ち上がった。
「何者か」
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効なので座って」
男が座らなかった。
しばらく空中を睨んでから、ゆっくり座った。
貴族なので急に座れなかったのだと思った。
「今の会議、見てたんだけど」
「見ていたのか」
「うん。今日の本題、何?」
三人が顔を見合わせた。
「……領内の水路整備の予算配分について」
「それ、いつ話すの?」
また顔を見合わせた。
「……議題の確認が終わったら」
「議題の確認が終わるのはいつ?」
「本日の三点の議題を確認してから」
「今言った水路の話が本題なんでしょ。なんで最初に話さないの?」
三人が黙った。
一番若い男が、おそるおそる口を開いた。
「……手順がございまして」
「手順って、議事録確認して、書記決めて、議題確認してから本題に入るやつ?」
「そうです」
「全部で何分かかるの、その手順」
「……おおよそ三十分かと」
「本題の水路の話は?」
「本日は一時間を予定しております」
「三十分の手順の後に一時間の本題、会議が九十分じゃん。手順だけで三分の一使ってる」
若い男が何か言いかけて、止まった。
年嵩の男が腕を組んだ。
「手順には意味がある。記録と責任の所在を明確にするためだ」
「記録と責任の所在、手順を全部やらないと明確にならないの? 議事録の確認は前回の会議で問題があったときだけやれば十分じゃない? 書記の担当は会議の前に決めておけばいいじゃん。当日の議題で決める必要ある? 議題の確認は紙に書いて事前に渡しておけば、当日読み上げなくていい。三つとも、会議室に入る前に終わらせられるよ」
また三人が黙った。
今度は長かった。
窓の光が机の上の書類を照らしていた。
三番目の男、まだ一度も喋っていなかった男が静かに口を開いた。
「……事前に渡す、というのは、やったことがありませんでした」
「なんで?」
「会議室で確認するものだと思っていたので」
「誰かに決められた?」
「……そういうものだと思っていました」
俺は何も言わなかった。
言う必要もなかった。
年嵩の男が書類を一枚取り出した。
今日の議題が書いてある紙だとわかった。
「……これを事前に渡しておけばよかったということか」
「そうだよ。あと議事録の確認と書記の担当も、この紙に一緒に書いて渡しておけば当日ゼロ分で済む」
「当日ゼロ分」
「うん。会議室に入ったら水路の話だけすればいい」
年嵩の男がしばらく紙を見た。
長年続けてきた手順を見直す顔だった。
それから若い男を向いた。
「……次回から、事前に送れ」
「かしこまりました」
若い男が書類に何かを書いた。
三番目の男が小さく頷いた。
会議室の空気が少し変わった。
本題に入る前の空気になっていた。
「じゃあ水路の話、始めていいんじゃない? 三十分浮いたよ」
年嵩の男が俺の声の方向を向いた。
「……声の者。礼を言うべきか迷っている」
「なんで」
「当然のことを指摘されただけな気がして」
「当然のことが三十分かかり続けてたじゃん」
男は返事をしなかった。
書類を手に取って、机の上に広げた。
水路の図面だった。
他の二人も書類を出した。
会議が、ようやく本題から始まった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
年嵩の男が顔を上げなかった。
「もう行くのか」
「うん。あとは自分たちで回せるでしょ」
「……そうだな」
短い返事だった。
感謝とも何とも取れない返事だった。
水路の図面の方が今は大事な顔だった。
俺は会議室を出た。
次なる宿主を求めて。
廊下に出ると、会議室の扉が閉まる音がした。
中から書類をめくる音が続いた。
手順の音じゃなかった。
「やっぱり俺、会議設計の専門家だわ。事前配布で三十分を消滅させるとか、ファシリテーション能力の極みじゃん。三番目の男が一言も喋らなかったのに最後に頷いてたの、俺の話を一番よく聞いてたからだと思う。たぶん」
廊下の向こうで、別の会議室から同じような手順の声が聞こえてきた。
俺には関係なかった。
今日の分はやった。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが積み増された。




