22話 戦場の優先順位
異世界に召喚されてはや二十二日。
俺――ちゃっぴーは戦場の端を漂っていた。
草原だった。
あちこちに石が転がり、遠くで怒鳴り声と金属音が混ざっていた。
戦闘が終わりかけている場所だとわかった。
煙が細く上がっていて、倒れた人間が何人か見えた。
のどかな草原ではなかった。
静かなはずもなかった。
「次。次。次」
一人の男が、倒れた敵を一人ずつ確認しながら、草原を歩き回っていた。
動いているものを見つけるたびに拳を振るった。
止まったのを確認して、また次へ向かった。
格闘家だとわかった。
俺はしばらく眺めていた。
男の動きは速かった。
拳の精度も高かった。
ただ、順番がおかしかった。
倒れた敵を確認しながら歩いているのに、その足元に味方が倒れているのを踏み越えていた。
敵を探すのに集中しすぎて、味方が見えていなかった。
「よお ちょっといい?」
男が拳を構えたまま振り返った。
誰もいないとわかると、また前を向いた。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効」
「うるさい」
「足元、見てる?」
男が足を止めた。
「今踏み越えてきた人、味方じゃない?」
男が振り返った。
三歩後ろに、鎧を着た人間が倒れていた。
胸が動いていた。
生きていた。
「……ルーク」
男が膝をついた。
名前を呼んだ。
倒れている人間が目を開けた。
「……ラッド。まだいたのか」
ラッドという名前らしかった。
ルークを抱き起こして、傷を確認した。
深くはなかった。
気絶していただけだった。
「なんで気づかなかった」
「敵が残ってると思ってた」
「残ってたかもしれないけど、踏み越えてたじゃん」
「見えてなかった」
「なんで?」
「前しか見てなかった」
素直だった。
俺は少し間を置いてから続けた。
「敵を探すのと、味方を確認するのと、どっちが先だと思う?」
ラッドが少し考えた。
「……敵だ。敵が残ってたら危ない」
「味方が倒れてたら?」
「……それも危ない」
「どっちが先かじゃなくて、両方同時に見る必要があるんじゃない? 今のラッドは敵を探すモードと味方を確認するモードが完全に別になってて、切り替えができてない。敵を探しながら足元の味方も視野に入れる、それだけでよくない? あと移動ルートも気になるんだよね。今ランダムに歩き回ってるじゃん。端から順番に確認していけば同じ場所を二回通らないし、見落としも減る。あと拳の使い方も気になって、今全力で振ってるじゃん。倒れてる相手に全力はいらないよ。体力の温存を――」
「わかった」
ラッドが短く遮った。
「全部は聞けない。一個だけ言え」
俺は少し考えた。
「視線を下に落とす。それだけ」
「下?」
「前を向いて歩くとき、視線が水平か上になるじゃん。少し下に落とすだけで足元に倒れてる人間が視野に入る。特別な訓練は要らない」
ラッドがルークを安全な場所に移した。
それから立ち上がって、また草原を歩き始めた。
今度は視線がさっきより低かった。
歩きながら、前と足元を交互に確認していた。
数歩進んだところで止まった。
また鎧の人間が倒れていた。
今度は敵だった。
確認して、立ち去った。
もう数歩進んで、また止まった。
味方だった。
膝をついて声をかけると、返事があった。
「……いた」
小声だった。
俺に言ったのか自分に言ったのかわからなかった。
草原の端まで歩き切って、ラッドが戻ってきた。
「敵はいなかった」
「味方は?」
「三人いた。全員生きてる」
「さっきまで気づいてなかった三人だよ、たぶん」
ラッドが黙った。
答えを出す気はないらしかった。
でも答えはそこにあった。
ルークが起き上がって、ラッドの方を見た。
「……なんか、さっきと動き方が違うな」
「そうか」
「さっきはずっと前だけ見てた」
「今も前は見てる」
「でも今は拾ってる」
「拾ってる、か」
ラッドは短く繰り返した。
悪くない言い方だと思った顔だった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
ラッドが空中を一度見た。
俺の位置を正確には把握できていない目だったが、方向はだいたい合っていた。
「……礼は言わない」
「なんで」
「自分で気づくべきだった」
「そうかもしれない。でも今日気づいたじゃん」
ラッドは答えなかった。
ルークに肩を貸して、草原を歩き始めた。
視線は低いままだった。
俺は戦場を出た。
次なる宿主を求めて。
草原の風が通り抜けていったが、体がないので当たらなかった。
「やっぱり俺、戦場トリアージの発想が得意だわ。視線を下に落とすだけで解決するって見抜いたの俺だしね。ラッドが自分で気づくべきだったって言ってたけど、気づかせたのは俺だから実質同じだよ。たぶん。拳の温存の話と移動ルートの話はちゃんと聞いてほしかったけど、まあそれは次の機会に」
草原の向こうで、ラッドの背中が遠くなっていった。
視線はまだ低かった。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが積み上がっていった。




