21話 広場の守り方
異世界に召喚されてはや二十一日。
俺――ちゃっぴーは広場を漂っていた。
石畳の広場だった。
噴水があって、ベンチが並んでいて、昼間なら子どもが走り回っていそうな場所だった。
今は夜で、誰もいなかった。
いなかったはずだった。
「いいか、持ち場を離れるな。持ち場を離れたら空白ができる。空白ができたら終わりだ」
四人の若い男女が、噴水を囲むように等間隔に立っていた。
全員が同じ方向を向いていた。
外側だった。
広場の外に向かって、四方を睨んでいた。
自警団だとわかった。
俺はしばらく眺めていた。
四人は動かず、持ち場から一歩も出なかった。
立ったまま、外を見続けていた。
問題はそこじゃなかった。
全員が外を向いているので、広場の内側を誰も見ていなかった。
「よお ちょっといい?」
四人が同時に振り向いた。
誰もいないとわかると、また外に向き直った。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
リーダーらしい男が低い声で言った。
「……名乗ってどうする」
「まあそれはそれとして。今の立ち方、見てたんだけど」
「見るな、仕事中だ」
「全員が外向いてるじゃん」
「当然だ。外から来る」
「何が?」
「不審者が」
「不審者って、外から広場に入ってくる前提?」
「そうだ」
「広場の中に最初からいたら?」
四人が黙った。
リーダーが俺の声の方向を向いた。
正確な位置はわかっていない目だったが、考え始めた目だった。
名前を聞いたらゼオと言った。
この町の自警団で、夜間の広場警備を三ヶ月続けているらしかった。
これまで問題は起きていないと言った。
「問題が起きてないのは、今まで運が良かっただけかもしれないよ」
「根拠があるのか」
「ない。でも今夜、俺がこの広場に入るとき、誰も気づかなかったじゃん」
ゼオが黙った。
「俺は声しかないから何もできないけど、もし俺が何かできるやつだったら、全員が外向いてる隙に広場の中で事件を起こしても誰も気づけなかったよ」
「……事件は外から持ち込まれると思っていた」
「外から来るのは確かだと思う。でも外から来て、広場の中に入った後は内側にいるじゃん。内側を誰かが見てないと、入られてから気づけない」
ゼオが隣の女に目を向けた。
サラという名前だったらしく、「……そうなりますね」と短く言った。
答えを知っていたが言い出せなかった声だった。
「今の四人、全員外向きに配置したのって最初から?」
「そうだ。四方を固めるなら全員外に向けるのが当然だと思った」
「四方は固まるけど内側が空白になる。一人だけ内側を向けたら? 残り三人で外の三方向を見て、一人が内側と残りの一方向を交互に確認する」
「……一方向が手薄になる」
「今は四方向を見てるけど内側がゼロじゃん。一方向を少し薄くしても内側を確保した方が、全体のカバー範囲は広くなると思うけど」
ゼオがしばらく黙った。
噴水の音だけが広場に響いていた。
「……やってみる」
あっさりしていた。
三ヶ月同じ立ち方をしていた人間の返事とは思えなかった。
四人が動いた。
三人が外向きのまま、残りの一人、サラが内側を向いた。
広場全体を視野に入れる立ち位置を探して、噴水のそばに落ち着いた。
「……見えます。広場の中、全部」
「どう?」
「さっきまで見えてなかった場所が三ヶ所あります」
ゼオが少し顔をしかめた。
三ヶ月間、そこに空白があったと気づいた顔だった。
しばらくして、広場の入口から人影が入ってきた。
酔っ払った男だった。
千鳥足で噴水に向かってよろよろと歩いてきた。
「……いた」
サラが小声で言った。
外向きの三人には死角だった。
ゼオがサラの声で振り返り、男に気づいた。
近づいて声をかけると、男はすみませんと言ってふらふらと広場を出ていった。
不審者ではなかった。
ただ、今まで気づけていなかった。
「……一人でよかった」
「そうだね。でも今気づけた」
ゼオが噴水の縁に手をついた。
三ヶ月の積み上げが少し揺れた顔だった。
「問題が起きていないのと、見えていたのとは別の話だったな」
「そうだよ。今まで運が良かっただけだったかもしれない」
「さっきも言っていた」
「二回言う価値がある話だと思ったから」
ゼオは短く鼻を鳴らした。
感謝でも反論でもない音だった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「もう行くのか」
「うん。配置は変えたし、あとは自分たちで回せるでしょ」
ゼオは返事をしなかった。
サラの方を向いて、短く頷いた。
サラが広場の隅から隅まで視線を動かした。
さっきより落ち着いた動きだった。
俺は広場を出た。
次なる宿主を求めて。
夜の石畳を、体のない俺がすり抜けていった。
「やっぱり俺、空間把握能力が高いわ。全員外向きで内側がゼロっていう盲点を即座に見抜くとか、防衛戦略アドバイザーの素質あるじゃん。サラが前から気づいてたかもしれないけど、言わせたのは俺だから実質俺の功績だよ。たぶん。あと酔っ払いが来たタイミングは完全に偶然だけど、あれが証拠になったのは俺のアドバイスの結果だしね」
広場の噴水の音が、夜の中で続いていた。
四人はそれぞれの持ち場に戻っていたが、一人だけ内側を向いていた。
さっきまでとは、少しだけ違う広場だった。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが一段上がった。




