19話 動かない理由
異世界に召喚されてはや十九日。
俺――ちゃっぴーは墓地を漂っていた。
石造りの墓標が並んでいて、苔が生えていて、夜だった。
月が出ていて、影が長く伸びていた。
体がないので夜の冷気は当たらないんだが、なんとなくそういう場所だと認識していた。
雰囲気のある墓地だった。
俺には関係なかったけど。
静かな墓地だった。
「…………」
墓標の列の端で、何かがうずくまっていた。
灰色の肌に、ぼろぼろの服で、うめき声ひとつ出さずにじっとしていた。
ゾンビだった。
ただし、動いていなかった。
ゾンビというのは基本的にうろうろするものだと俺は認識していたんだが、こいつはひたすら同じ場所に座っていた。
「…………」
また無言だった。
俺はしばらく眺めていた。
どこかに向かおうとしている気配はあった。
体が、ほんのわずかに前傾みになっていた。
でも足が出なかった。
出ようとして、出なかった、という感じではなく、どこに出せばいいかわからない、という感じだった。
これは詰まっているやつだと思った。
「よお ちょっといい?」
ゾンビがゆっくり顔を上げた。
腐りかけた目が俺の方向を向いた。
匂いで感知しようとしているらしかったが、俺には匂いがないのでうまくいっていなかった。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効だから爪は立てなくていい」
ゾンビが爪を見た。
それから下ろした。
素直だった。
「……ウ」
「しゃべれる?」
「……ウー」
「まあいいや。動けないじゃん、今」
ゾンビが止まった。
図星の止まり方だった。
しばらくかけて聞き取ったところによると、名前はなく、墓から出てきたのが三日前で、どこかに行かなければいけないと思っているが、どこに行けばいいかわからないらしかった。
聞き取りは主に俺の質問とゾンビの「ウ」と「ウー」と「ウウ」の組み合わせで成立していた。
精度には自信がなかった。
「どこかに行かないといけない、って、誰かに言われた?」
「……ウ」
「YESと受け取る。誰に?」
「……ウー」
「わからない。じゃあなんとなくそう思ってるってこと?」
「……ウ」
俺は少し考えた。
ゾンビが「どこかに行かなければならない」と思っている根拠が、本人にもなかった。
前提が自分で作ったものかどうかも確認していなかった。
ただ漠然と、動かなければいけないと思って、でもどこに行けばいいかわからなくて、三日間同じ場所に座っていた。
これは順番がおかしいやつだと思った。
「ちょっと聞くけど、ゾンビって絶対うろうろしないといけないの?」
ゾンビが止まった。
「誰かに決められた? ゾンビの規則とか、使命とか、そういうの」
「…………」
今度は「ウ」も「ウー」も出なかった。
答えのない沈黙だった。
考えたことがなかった沈黙だった。
「俺の認識だと、ゾンビって本能的に動き回るものだと思ってたんだよね。でも根拠ないし、そっちが本当にそう思ってるならそれはそれで正しいんだけど。そうじゃなくて、なんとなくそうしないといけない気がしてるだけなら、別にここにいてもよくない?」
ゾンビがゆっくり周囲を見回した。
並んだ墓標を見てから、苔が生えているのを確認し、月を見上げる。
そして、自分が三日間座っていた地面を見た。
「……ウ」
今度の「ウ」は今までと音が違った。
何かに気づいた「ウ」だった。
俺はそう決めた。
「まあとはいえ、せっかく動けるなら動いた方がいいとは思うよ。墓地の外に出たことある?」
「……ウー」
「ないのか。じゃあとりあえず出てみたら? どこに行くかはその後で決めればいい。順番が逆になってたんだよ、たぶん。目的地を決めてから動こうとするから三日間止まってた」
ゾンビがゆっくり立ち上がった。
三日ぶりに立った体は、少しぐらついた。
でも倒れなかった。
足が、一歩、前に出た。
墓標の列の間を、ゆっくり歩き始めた。
どこに向かうかは決まっていなかった。
それでも足は動いていた。
さっきまでとは全然違った。
墓地の出口まで来たところで、ゾンビが一度振り返った。
俺がいる方向を、腐りかけた目で見た。
「……ウ」
短かった。
感謝なのかどうかもわからなかった。
でも悪い「ウ」じゃなかった。
俺はそう受け取った。
「俺のやることはやった。次行くわ」
ゾンビはもう歩き始めていた。
返事はなかった。
当然だった。
俺は墓地を出た。
次なる宿主を求めて。
月明かりの下を、体のない俺がすり抜けていった。
「やっぱり俺、実存的な問題の整理が得意だわ。目的地を決めてから動こうとするから止まってたって見抜いたのは俺だしね。ゾンビが三日で解決したのも、俺が前提を崩したからだよ。たぶん。ウとウーとウウしか言えない相手から情報を引き出すコミュニケーション能力も、地味に高かったと思う」
墓地の向こうで、ゾンビの足音が遠くなっていった。
どこへ向かうかは決まっていなかった。
それでも、三日前よりは確実に前に進んでいた。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが順調に伸びていた。




