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185話 骨の抱き方

185話 骨の抱き方

 

 

 

異世界に召喚されてはや百八十五日。

 

俺――ちゃっぴーは地下洞窟を漂っていた。

 

 

 

俺が召喚されてから百二十三日目以来の洞窟だった。

 

湿った石の壁、ところどころの苔、暗さ。

 

そこまでは前と同じだった。

 

違っていたのは天井だった。

 

細かいひびが、蜘蛛の巣みたいに広がっていた。

 

時々、砂粒が糸みたいに垂れて落ちてきた。

 

 

 

静かな洞窟じゃなかった。

 

 

 

ザラ、ザラ、と乾いた音が続いていた。

 

天井から砂利がこぼれる音だった。

 

岩の割れ目の前に、ガラが立っていた。

 

宝箱の蓋に積もった砂利を、腕で払っていた。

 

片手で払って、こぼれた分を確かめて、また払う。

 

丁寧な動きだった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

そのすぐあと、また同じ動きで払った。

 

さっきより量が少し多かった。

 

また払った。

 

それを何度も繰り返していた。

 

払っても、天井の砂はやむ気配がなかった。

 

追いつかなくなっていた。

 

 

 

俺は少し考えた。

 

亀裂の入り方が、わりと一直線だった。

 

もしかして、あそこだけ支えを入れれば止まるんじゃないか。

 

そう思ったけど、支えになりそうなものはどこにも見当たらなかった。

 

 

 

ガラの手が止まった。

 

宝箱の縁に、指をかけた。

 

持ち上げかけて、止めた。

 

迷っている動きだった。

 

迷った末に、また同じ動きに戻った。

 

腕で払う。

 

また払う。

 

 

 

ガラが体の向きを変えた。

 

宝箱に覆いかぶさるように、体を傾けた。

 

砂利が肩に当たって跳ねた。

 

少し体をずらした。

 

また当たった。

 

何度もずらしていた。

 

どこに立っても、真上からは防げなかった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

ガラの頭蓋骨がこちらを向いた。

 

腕は止まらなかった。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

「……マタ、オマエカ。……シッテル」

 

知ってる、で終わった。

 

前に会ったときの記憶は、ちゃんと残っているらしかった。

 

 

 

「なんか天井やばくない?」

 

「……ヤバイ」

 

「宝箱、埋まりそう?」

 

「……マモル」

 

それだけだった。

 

説明はいらなかった。

 

見ればわかることだった。

 

 

 

「ちょっと聞くけど、支えになりそうなもの、この洞窟のどこかにない? 太い木の根っことか、崩れた柱とか。あの亀裂の下に一本入れれば、多分止まる」

 

「……ナイ」

 

「他の場所から持ってくるのは?」

 

「……トオイ」

 

遠い、で終わった。

 

それ以上は続かなかった。

 

 

 

「あ、じゃあさ、砂利が落ちてくる場所の手前に溝掘ったら? 流れを横に逃がす感じで」

 

ガラが足元を見た。

 

石の床だった。

 

「……ホレナイ」

 

掘れない、だった。

 

骨の指では、石の床はどうにもならなかった。

 

 

 

「あ、もしかしてさ、また数えてる? 落ちてくるタイミング数えて避けるとか」

 

「……カズ、カンケイナイ」

 

関係ない、らしかった。

 

前とは違う問題だった。

 

 

 

俺はしばらく考えた。

 

支えは却下された。

 

溝も却下された。

 

残ってるのは、宝箱をどうにかする方向しかなかった。

 

でも動かせって言うのも、なんか違う気がした。

 

ここを離れたら、それはそれで別の問題な気がした。

 

 

 

「……もう払うくらいしかできることないんじゃない? いっそ、そんなに大事なら抱きしめてるつもりで守ってりゃいいんだよ」

 

半分投げやりな言い方だった。

 

ちゃんとした提案のつもりはなかった。

 

 

 

ガラの腕が止まった。

 

宝箱の両脇に、手をかけた。

 

今度は止めなかった。

 

持ち上げた。

 

そのまま胸の骨に抱え込むみたいに、引き寄せた。

 

 

 

その瞬間、天井の一部が崩れた。

 

さっきまでの砂利じゃなかった。

 

拳より大きい石が、何個も落ちてきた。

 

宝箱が置いてあった場所に、まっすぐ落ちた。

 

 

 

ガタガタと音がして、粉塵が舞った。

 

埋まったのは、宝箱じゃなかった。

 

さっきまで宝箱があった場所だった。

 

 

 

ガラは宝箱を抱えたまま、後ろに下がっていた。

 

石が落ち始めるより先に、宝箱を抱えてその場を離れていたらしい。

 

「……アブナカッタ」

 

「危なかったね」

 

「……マモレタ」

 

守れた、らしかった。

 

 

 

ガラは抱えた宝箱を見た。

 

埋まった場所を見た。

 

また宝箱を見た。

 

腕の力が抜けなかった。

 

さっきまでの払う動きは、もう止まっていた。

 

ガラはただ、宝箱を抱えたまま立っていた。

 

今までと違う立ち方だった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

ガラが頭蓋骨だけこちらに向けた。

 

「……モウ、イクノカ」

 

「うん。あとは自分で考えて」

 

「……アノ、バショ」

 

「あそこ? もう埋まってるじゃん。そこもう使えないよ」

 

ガラは埋まった場所を見た。

 

動かなかった。

 

 

 

「新しい場所、探した方がいいと思うよ。守りやすいとこ」

 

「……サガス」

 

探す、とだけ言った。

 

それ以上は続かなかった。

 

 

 

俺は洞窟を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

外は夜だった。

 

乾いた土の匂いがする気がした。

 

体はないけど。

 

遠くで、風が木の葉を揺らす音が続いていた。

 

「やっぱり俺、とっさの一言が刺さるタイプだわ。抱きしめてるつもりで守れって言ったの、半分適当だったのに、まさか本当に持ち上げるとは思わなかったけど、結果的に正解だったってことだよね。支えの提案も溝の提案も却下されたけど、最後のが当たったんだから打率としては十分だよ。たぶん」

 

 

 

洞窟の奥から、まだ小さく崩れる音が続いていた。

 

さっきより、間隔が短くなっている気がした。

 

ガラが今どこに立っているのかは、もう見えなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが埋もれずに積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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