184話 届いてはいけない場所
184話 届いてはいけない場所
異世界に召喚されてはや百八十四日。
俺――ちゃっぴーは古代遺跡の、さらに奥を漂っていた。
石柱の並びが俺が召喚されてから百十日目に見た区画より細かった。
彫刻も違った。
両腕を左右に広げた石像が壇上に立っていた。
片方の腕に剣が握られていた。
反対の腕は素手だった。
どちらの肩にも、薄い光の筋が浅く入っていた。
攻撃の前触れだとわかった。
ずれて光ることもあれば、同時に光ることもあった。
同時のときは、両方の攻撃が同時に来た。
見覚えのある面子だった。
地図の女が剣を構え、壁の男が盾を掲げていた。
腕を組んだ男が後方で杖を握り、シオが段差の上に立っていた。
シオの腰の金属板は、前より色が焼けていた。
使い込まれた色だった。
ラゴスはまた別班らしい。
相変わらずだった。
「よお ちょっといい?」
シオが一瞬だけ声のした方を見た。
「……この声、久しぶりだな」
「ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。覚えてたんだ」
「忘れる方が難しい」
「今、盛り上がってるとこ悪いんだけど」
「悪いと思うなら黙ってろ」
シオは石像の方へ視線を戻した。
もう答える気はないようだった。
「剣の方、肩光った!」
シオが叫んだ。
金属板を傾けた。
反射光が地図の女の足元を走った。
女が跳んだ。
石像の剣が空を切った。
一連の動きに迷いがなかった。
前回見たときより、明らかに滑らかだった。
俺はしばらく眺めていた。
うまくいっているように見えた。
けれど、両方の肩が同時に光ったとき、様子が違った。
壁の男が盾を構えかけて、止まった。
光を探す目だった。
金属板は剣の方に向いていた。
板は一枚しかない。
向きを変えない限り、反射は一方向にしか飛ばない。
素手の方の光は最初から届かせることができなかった。
腕が壁の男の盾を弾いた。
男が後ろに下がった。
地図の女も似たような目に遭った。
斬りかけて、剣筋が途中でぶれた。
今度はずれて光った番だった。
剣の方が先に光り、素手の方が遅れて光った。
シオは板を素手の方に向け直している途中だった。
反射が間に合わず、女は光がないまま剣を振った。
石像の腕をかすっただけで終わった。
腕を組んだ男が詠唱の出だしで止まった。
口を開いて、閉じた。
杖を構え直して、また口を開いた。
同時に光れば板は届かない。
ずれて光れば間に合わない。
どちらの目もあるせいで、詠唱そのものを遅らせていた。
地図の女も、壁の男も、腕を組んだ男も、動きかけては光の方を見る。
それを繰り返していた。
「金属板、もっと大きいの使えばよくない? 反射する光量が足りてないんじゃ」
シオは答えなかった。
金属板を掲げ直しただけだった。
板の大きさの問題じゃなかった。
「じゃあシオの立ち位置が悪いんじゃない? 段差の反対側からも見えるようにすれば――」
言い終わる前に、シオが段差を移動した。
反対側に回った。
状況は変わらなかった。
一枚の板は、どこに立っても一方向からの光しか受けられなかった。
位置の問題でもなかった。
向ける、間に合わない、逆側が空く。
それが三人分、重なって続いていた。
「……敵の腕、同時に光ることあるのに、板一枚だと一方向にしか反射できなくない?」
俺はそう呟いただけだった。
特に意味のある提案のつもりはなかった。
シオが金属板を見た。
それから、石像の足元に転がっていた欠片に目をやった。
さっき弾かれた壁の男の盾の破片だった。
金属質で、光沢が残っていた。
シオが段差を駆け下りた。
破片を拾い上げた。
金属板を左手に、破片を右手に持った。
「二枚使う」
誰にともなく言った。
石像の剣の腕の肩が光った。
金属板を傾けて、地図の女の足元に反射を送った。
同時に、素手の腕の肩も光った。
シオが破片を逆の角度に傾けた。
反射が壁の男の足元にも走った。
一枚では一方向しか作れなかった反射が、二枚になって二方向同時に飛んだ。
二人が同時に動いた。
女が跳び、男が盾をずらした。
石像の両腕が同時に空を切った。
「……今、両方避けた」
壁の男が言った。
自分でも驚いた声だった。
腕を組んだ男の詠唱も、止まらずに最後まで届いた。
石像の額に光の矢が刺さった。
石像の動きが目に見えて鈍った。
地図の女と壁の男、腕を組んだ男の呼吸が揃い始めていた。
止まる動きが消えていた。
それだけじゃなかった。
二枚の板を同時に使うようになったことで、反射光が壇の奥の壁まで届くようになっていた。
今までは届かなかった暗がりだった。
その壁の一部に、細い線が浮かび上がった。
一本。
光を受けて、うっすら発光していた。
シオは気づいていなかった。
石像の方しか見ていなかった。
「おお、うまく回ってるじゃん。二枚使いの発想、俺のあの一言がなかったら出なかったと思うよ」
誰も答えなかった。
地図の女も、壁の男も、腕を組んだ男も、まだ石像から目を離していなかった。
それどころじゃなかった。
石像がついに膝をついた。
剣を落とした。
腕が力なく垂れた。
「俺のやることはやった。次行くわ」
誰も振り返らなかった。
壁の線は、まだ光っていた。
一本だった光が、二本に増えていた。
隣の線が、遅れて発光したようだった。
俺はそこまで見て、その場を離れた。
遺跡の外は夜だった。
体がないので夜風は当たらなかったが、地面から伝わる振動の質が、さっきまでと違っていた。
石像が崩れる音の奥に、もう一つ別の響きが混ざっていた。
「やっぱり俺、視野の広さが違うわ。板一枚だと一方向にしか反射できないって気づいたの、俺だしね。二枚使いは結果的にシオが思いついた形になってるけど、きっかけは俺の一言だから、実質共同作業だよ。番人一体倒したのも、俺が構造を整理したおかげだと思う。たぶん」
その響きは止まらなかった。
むしろ、少しずつ厚みを増していた。
石が擦れる音が、一つ、また一つ、遺跡の奥で重なっていくようだった。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが光の線二本分積み上がった。




