↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
183/249

182話 四分の一の行方

182話 四分の一の行方

 

 

 

異世界に召喚されてはや百八十二日。

 

俺――ちゃっぴーはドゥカス商会の会議室を漂っていた。

 

 

 

長い机に、艶のある木目が走っていた。

 

壁際の棚に、帳面がびっしり並んでいた。

 

窓から入る光が、机の端で反射していた。

 

俺が召喚されてから百十七日目に会った男が、奥の椅子に座っていた。

 

指にはあの日と同じだけ指輪をつけていた。

 

店構えは、あのときの屋台よりずっと大きくなっていた。

 

椅子の座り心地まで良さそうだった。

 

 

 

向かいには、見覚えのない男が座っていた。

 

名前をガイルと言った。

 

日に焼けた顔で、服には潮の匂いが染みついていそうだった。

 

手元に荷目録を広げていた。

 

南の航路を新しく開くとかで、仕入れの相乗りを持ちかけに来ていた。

 

交渉はもう始まっているようだった。

 

静かな会議室だった。

 

静かなはずだった。

 

 

 

「次の航路、仕入れに四分の一で乗ってもらう」

 

ドゥカスが言った。

 

計算板に手を伸ばしかけて、途中で止めた。

 

指の位置を少し変えてから、また伸ばした。

 

板の上の数字を、指でなぞってから離した。

 

 

 

「四分の一か。悪くない」

 

ガイルが荷目録をめくりかけた。

 

めくる途中で手を止めた。

 

一枚だけ戻して、また同じ場所を開いた。

 

指で行を追ってから、顔を上げた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

帳面の並びも、机の艶も、あの日の屋台とは別世界だった。

 

それでも二人の手だけは、さっきから落ち着きがなかった。

 

何かに引っかかっているような止まり方だった。

 

理由まではわからなかったが、悪い空気ではなかった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

ドゥカスが顔を上げた。

 

「……また声だけの何かか」

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

「知っている。世話になった」

 

「ますます商売繁盛してるみたいじゃん」

 

「否定はしない」

 

 

 

「なんか二人とも、さっきから手が止まるじゃん。商人ってそんな慎重なもんなの?」

 

「慎重なだけだ」

 

ドゥカスが答えた。

 

ガイルは何も言わず、荷目録に目を落としたままだった。

 

「大きい話だからね。慎重になるのもわかるよ。俺も昔、召喚された時は慎重だったし」

 

どちらも返事をしなかった。

 

 

 

交渉は続いた。

 

 

 

「四分の一で構わない」

 

ガイルが言った。

 

ガイルが荷目録の欄を指で押さえていた。

 

「こちらも構わない」

 

ドゥカスが答えた。

 

ドゥカスが計算板の数字を指でなぞっていた。

 

 

 

「日数はそちらに合わせよう」

 

ガイルが言った。

 

ガイルが荷目録のページをめくった。

 

「助かる」

 

ドゥカスが答えた。

 

ドゥカスが計算板に数字を書き足した。

 

 

 

「先に動かせる分から頼みたい」

 

ガイルが荷目録を指でなぞった。

 

「わかった。数はこちらで揃えておく」

 

ドゥカスが計算板の数字を見た。

 

 

 

「助かる」

 

ガイルが荷目録の隅に印をつけた。

 

「細かい方はまとめて渡す」

 

ドゥカスが言った。

 

ドゥカスが計算板の数字を指で追った。

 

「頼んだ」

 

ガイルが荷目録を閉じた。

 

 

 

「おお、息ぴったりじゃん。商人同士ってこういう感じなんだ」

 

俺は感心した。

 

話は途切れず、次の条項に移っていった。

 

 

 

「分配もこの調子で」

 

ドゥカスが言った。

 

「ああ」

 

ガイルが短く答えた。

 

 

 

書記役もいない、静かなやり取りだった。

 

条項は次々と進んでいった。

 

どちらも止まる回数が減っていた。

 

 

 

署名の段になって、ガイルの手が一瞬止まった。

 

ペンの先が紙に触れる前で浮いていた。

 

指先だけが、わずかに震えていた。

 

 

 

「もう決まってるようなもんじゃん。早く済ませなよ」

 

俺は言った。

 

「あとは形だけでしょ」

 

ガイルの手が動いた。

 

今度は止まらなかった。

 

 

 

契約書に、二人分の署名が並んだ。

 

「四分の一」とだけ書かれた条項が、そこにあった。

 

たった四文字の条項だった。

 

それだけで二人とも頷いていた。

 

ドゥカスの計算紙には、儲けの数字が四つに割られて並んでいた。

 

ガイルの荷目録には、荷の欄に四分の一の印がついていた。

 

どちらも同じ条項から書き写した数字だった。

 

見た目はどちらも整っていた。

 

 

 

「早いな」

 

ドゥカスが言った。

 

「そうだな」

 

ガイルが頷いた。

 

ガイルが荷目録を懐にしまった。

 

ドゥカスが計算紙を棚に戻した。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

ドゥカスが顔を上げた。

 

「もう行くのか」

 

「うん。あとは二人で進めなよ」

 

「……そうする」

 

短い返事だった。

 

ガイルはもう席を立っていた。

 

 

 

俺は会議室を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下に商人たちの声が響いていた。

 

どこかで硬貨を数える音がしていた。

 

奥の部屋から、荷目録を閉じる音がまだ聞こえていた。

 

遠くで馬車の車輪の音がした。

 

「やっぱり俺、交渉のテンポを作るのが得意だわ。手が止まってるとこ、俺が背中押したから早くまとまったんだと思う。たぶん。あの二人、息ぴったりだったし、四分の一で即決するとか商人同士って気持ちいいくらい話が合うんだね。俺のおかげで無駄な間がなくなったの、地味に大きいと思う。ドゥカスも屋台の頃よりずっと交渉うまくなったし、これも俺が最初に色々教えたからじゃない? 直接は関係ないかもしれないけど、たぶん。まあ細かい数字のことは商人同士で分かってるだろうし」

 

 

 

会議室の扉の向こうで、椅子を引く音がした。

 

紙を束ねる音が、続けて二度した。

 

それきり、しばらく物音がしなかった。

 

夕方の匂いだけが、廊下に残っていた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、静かに積み上がっていった。

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。