↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
182/249

181話 保留の山

181話 保留の山

 

 

 

異世界に召喚されてはや百八十一日。

 

俺――ちゃっぴーは受付窓口の奥を漂っていた。

 

 

 

窓口の外には冒険者たちの列ができていた。

 

列は途中で折れ曲がって、壁際まで伸びていた。

 

他の窓口の職員は次々と紙をさばいていたが、その机だけ紙の減りが遅かった。

 

奥の事務スペースは静かだった。

 

机が三つ並んでいて、真ん中の一つにだけ人がいた。

 

若い女が見積もり用紙とにらめっこしていた。

 

俺が召喚されてから五十八日目の会議室の真下の階だとわかった。

 

あの日、ゴードンが仕入れを先に決めた場所の、すぐ下だった。

 

静かな事務スペースだった。

 

静かなはずだった。

 

 

 

女がペンを走らせかけて、止まった。

 

用紙の途中で手が止まっていた。

 

数字を書きかけて、線を引かずに戻した。

 

価格表を引き寄せて、指でなぞった。

 

途中でまた止まった。

 

指が同じ行を三度なぞっていた。

 

紙を置いて、隣の机に目をやった。

 

誰もいなかった。

 

手を軽く上げかけて、下ろした。

 

呼ぶのをやめたらしかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

見積もりが止まっていた。

 

止まっているのに、手は動き続けていた。

 

書いては消し、確かめては置き、呼びかけては引っ込める。

 

面白い止まり方だった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

女が跳び上がった。

 

椅子ごと後ろに下がった。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

女は椅子に座り直した。

 

窓口の職員は変なものに慣れているのか、それとも今それどころじゃないのか、どちらかだった。

 

 

 

「……何の用」

 

「さっきから同じとこで止まってるじゃん」

 

「……見てたのか」

 

「うん。数字、書けてなくない?」

 

 

 

名前を聞いたらノーラと言った。

 

依頼の見積もりを出す係で、今日はもう十三件、見積もりが仕上がらないまま溜まっていると言った。

 

「何が引っかかってるの?」

 

「窓口主任に、今日出す見積もりは一旦止めろと言われた」

 

「なんで?」

 

「理由は聞いてない」

 

「聞かなかったの?」

 

「聞く前に主任がいなくなった」

 

 

 

俺は少し考えた。

 

「計算、間違えてない? 俺、検算得意だから見てあげようか」

 

ノーラが用紙を見せた。

 

計算は合っていた。

 

「……合ってるじゃん。じゃあその指示、大口の依頼だけの話とかじゃない?」

 

「全部止めろと言われた」

 

「全部?」

 

「全部だ」

 

両方外れていた。

 

「あとさ、積んである依頼書の順番、ぐちゃぐちゃじゃない? 古いのと新しいのが混ざってるから探すのに時間かかってる説あるんだけど」

 

「順番は関係ない」

 

「関係なくない? 俺の見立てだと――」

 

「関係ない」

 

ノーラは書類の山に触れなかった。

 

これも外れているらしかった。

 

ノーラがまた価格表をなぞった。

 

同じ行を四度目、なぞっていた。

 

「あとさ、この依頼、何日待ってるやつ?」

 

「三日だ」

 

「三日待たされてる依頼者、いる?」

 

「……いる」

 

「じゃあその人に一旦連絡して待ってもらったら?」

 

「連絡する理由が説明できない」

 

理由がわからないのに待たせている。

 

なんか変だった。

 

 

 

事務スペースの入口に足音がした。

 

配達係の男が別の部署宛ての書類を抱えて通りかかった。

 

倉庫係への配達らしかった。

 

ノーラには関係ない用事だった。

 

男が通りすがりに言った。

 

「仕入れの交渉、まだ長引いてるらしいっすよ。倉庫のほうも数字待ちで止まってます」

 

それだけ言って、奥に消えた。

 

ノーラの手が止まった。

 

さっきまでとは違う止まり方だった。

 

 

 

「……仕入れの交渉のせいだったのか」

 

「主任、そこまでは言わなかったんでしょ?」

 

「言わなかった」

 

「じゃあ、待てって言われた理由、今初めて分かったってこと」

 

「……そうなる」

 

 

 

ノーラが用紙を引き寄せた。

 

数字の欄はそのままに、隅に小さく書き込んだ。

 

「保留」

 

それだけ書いて、別の山に移した。

 

次の依頼の用紙を取った。

 

同じように数字の欄が埋まらないものを、また保留の山に移した。

 

止まらなくなった。

 

書いては置き、書いては置いた。

 

保留の山だけが高くなっていった。

 

 

 

隣の机の職員が戻ってきた。

 

積み上がった保留の山を見て、足を止めた。

 

「……これ全部?」

 

「仕入れが決まるまで、全部そうなる」

 

「知ってたのか」

 

「さっき聞いた」

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

ノーラが手を止めた。

 

「……お前、さっき計算のことも大口のことも外してたよな」

 

「まあね。でも交渉が長引いてるって情報、俺が聞いたわけじゃないから」

 

「じゃあ何をした」

 

「一緒に考えてただけ」

 

 

 

俺は事務スペースを出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

窓口の列のざわめきが遠くなった。

 

紙をめくる音だけが背中に残った。

 

体がないので冷たさは感じないが、空気は先ほどより静かになっていた。

 

「やっぱり俺、情報の目利きがうまいわ。表のせいでも計算のせいでもないって絞り込んだの、実質俺じゃん。配達係が喋ったタイミングで俺がその場にいたのも何かの縁だし、俺がいなかったら今頃まだ同じ行を指でなぞってたと思うんだよね。情報を拾う才能、体ないのにあるんだよな。たぶん」

 

 

 

事務スペースの中から、紙が一枚、床に落ちる音が聞こえた。

 

積み上げる音はまだ続いていた。

 

さっきより少し、忙しない音だった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、保留の山みたいに積み上がっていった。

 

 

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。