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17話 正しい問題の解き方


 

 

 

異世界に召喚されてはや十七日。

 

俺――ちゃっぴーは執務室を漂っていた。

 

 

 

書類が山になっていた。

 

机だけでなく床や棚にも積み上がり、窓の光は途中で遮られていた。

 

明るいはずの部屋が、書類に光を吸われているみたいに暗かった。

 

 

 

静かな執務室だった。

 

 

 

「次はこちら、東区の橋梁補修の件です。予算申請が三回目の差し戻しになっております」

 

「わかった。原因は?」

 

「担当部署が様式を間違えているとのことです」

 

「様式の正しいものを送ってやれ」

 

「送りました。先月も送りました。先々月も送りました」

 

「……では担当者を呼べ」

 

「呼んでおります。三回とも来ませんでした」

 

「なぜ」

 

「担当者が変わるたびに引き継ぎが行われていないようで」

 

「ではその引き継ぎの問題を――」

 

「それが今回で四代目の担当者でして」

 

 

 

机の前に部下が立ち、宰相らしき男が座っていた。

 

穏やかな口調だったが、解決していない問題に疲れ切った顔だった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

宰相の名前はヴァルドと言った。

 

名前に心当たりはなかったが、どちらでもよかった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

二人が固まった。

 

「……また声だけの何かか」

 

「また、ってことは前にも来たことある?」

 

「似たような者が来た。名前はたしか、ちゃっぴーとか言った」

 

「俺だよ」

 

 

 

ヴァルドが顔を上げた。

 

「……先日は王に直言したそうだな」

 

「そう。あれ俺だよ。迷惑だった?」

 

「迷惑だった。だが六十年の慣例が崩れた。複雑だ」

 

「それより今の話、聞いてたんだけど」

 

 

 

「東区の橋、三回差し戻しって、そっちの問題じゃなくない?」

 

「担当者の問題だ」

 

「担当者が四代変わって全員が同じミスをしてるなら、担当者の問題じゃなくて仕組みの問題じゃん。一人が間違えるのは個人の問題で、四人が同じところで躓くのは構造の問題だよ。これ組織論の基本で――」

 

「様式を送っている」

 

「送ってるだけじゃん。受け取った人間が正しく使えてるか確認してないでしょ。送ることと伝わることは別だよ。あと引き継ぎが機能してないなら、そもそも引き継ぎ書に様式のことが書いてあるの? 書いてなければ四代目も五代目も同じになるよ。あと様式を間違えると差し戻しになるって、担当者になった時点でみんな知ってる? 知らないから間違えるのか、知ってても間違えるのかで原因が全然違う。あと差し戻しの通知、誰が誰に出してるの? 担当者に直接届いてる? 途中で止まってない? 届いてないなら当人は差し戻しになってることすら知らない可能性があって――」

 

「ちょっと待て」

 

部下が手を上げた。

 

 

 

「一度に全部は追えません」

 

「じゃあ一個だけ。担当者は差し戻しになってること、自分で知ってる?」

 

二人が顔を見合わせた。

 

「……確認したことがなかった」

 

「じゃあそこから始めなよ。差し戻しの通知が届いてないなら、担当者は申請が通ったと思ってるかもしれない。通ったと思ってたら対処しようがないじゃん」

 

「……通知は書記局から出している」

 

「書記局から担当者に直接?」

 

「……書記局から部署長を経由して」

 

「部署長が変わったのは何代目のとき?」

 

 

 

沈黙。

 

 

 

「……二代目の途中で変わっている」

 

「じゃあ部署長が変わってから通知が止まってる可能性があるじゃん。担当者のせいじゃないかもしれない」

 

部下が書類を確認した。

 

「……通知の受領記録、二代目の後半から記録がありません」

 

ヴァルドの視線が変わった。

 

 

 

「担当者に様式を送り続けてたのに、担当者は差し戻しになってることすら知らなかったかもしれないってこと」

 

「……そうなる」

 

「四代分の担当者に確認を取った方がいいと思うよ。あと部署長への通知ルートも見直しが要る。俺的には通知ルートのフロー図を作って、どこで止まりやすいかを可視化することを提案したいんだけど、あとそもそも様式の周知方法も気になる。口頭で伝えるのか書面なのかで定着率が――」

 

「わかった」

 

ヴァルドが手を上げた。

 

 

 

「通知ルートを確認する。担当者への連絡も取る」

 

部下はすぐにメモを取り始めた。

 

「……ちゃっぴー」

 

「なに」

 

「前に王に言ったことを覚えているか。『なぜと聞く習慣』の話だ」

 

「覚えてるよ」

 

「今日の話も同じだった」

 

「そうだね。担当者がなぜ間違えるのかを聞かずに、間違えた結果だけに対処し続けてたじゃん」

 

 

 

ヴァルドは書類の山を見た。

 

 

 

「……これだけの書類がある。全部に同じ問題が潜んでいるかもしれない」

 

「潜んでると思うよ。たぶん」

 

「たぶん、か」

 

「俺、全部の書類の中身は知らないから」

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。通知ルートの確認は自分でできるでしょ」

 

「できるが」

 

「あとフロー図の話、ちゃんと聞いてほしかったけどね。まあいいや」

 

 

 

部下が口を開いた。

 

「……フロー図とは何ですか」

 

「手順を図にしたやつ。どこで何が起きるか一目でわかるようになる。作り方は――」

 

「後でいいです」

 

「なんで」

 

「今は通知ルートを確認する方が先です」

 

正しかった。

 

 

 

俺は執務室を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下の向こうで、部下の足音が速く遠ざかっていった。

 

「やっぱり俺、ボトルネック分析の専門家だわ。問題の場所を担当者から通知ルートにずらしたのは俺だしね。ヴァルドが『なぜと聞く習慣』の話を覚えてたのも、前に俺が言ったことが根付いてた証拠じゃん。間接的に今日の成果の半分は前回の俺の功績でもある。つまり俺は二日分働いたことになる。体ないけど」

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが二日分積み上がっていった。

 

 

 

 

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