176話 答えの行き先
176話 答えの行き先
異世界に召喚されてはや百七十六日。
俺――ちゃっぴーは、見覚えのある村を漂っていた。
俺が召喚されてから八十七日目に廃村だった場所だ。
屋根が直っていた。
畑が耕されていて、井戸のそばに桶が並んでいた。
東の家の前に荷が積んであった。
グレッドがここを使うと決めた日に、荷置き場になった家だ。
炊事場からは煙が上がっていた。
廃村じゃなくなっていた。
村になっていた。
ここに俺が来るのは八十九日ぶりだと数えているのは、たぶん俺だけだった。
グレッドの姿はすぐ見つかった。
一番大きな家の前で、板を担ごうとしていた。
担ぎ上げたところで、家の前に並んでいた男が声をかけた。
グレッドは板を下ろして、一言答えた。
男が去ると、また担いだ。
次の女が進み出た。
また下ろした。
三人目のときは、担ぐ前に手が止まった。
家の前には列ができていた。
四人。いや、五人。
桶を持った女が井戸の方へ歩き出して、途中で足を止め、向きを変えて列の後ろについた。
井戸より列が先だった。
俺はしばらく眺めていた。
板が重くて上がらないのかと思ったが、担ぐこと自体はできていた。
下ろす理由の方が多いだけだった。
じゃあ村で何か事故でも起きて、相談が殺到しているのかと思った。
でも列の人間は誰も慌てていなかった。
薪だの桶だの、抱えているものが平和だった。
じゃあ列の並び順が悪いのかと考えた。
急ぎの用が後ろに埋まって、前が詰まっているとか。
でも誰が急ぎなのかは、外から見てもわからなかった。
「よお ちょっといい?」
列の全員が固まった。
グレッドだけが固まらなかった。
「……ちゃっぴーか」
「覚えてたんだ」
「三度目だ。嫌でも覚える」
列の先頭が遠慮がちに続けた。
「薪は、どこに積めば」
「南の納屋」
次の女が進み出た。
「東の畑、今日水をやりますか」
「やれ」
「納屋の鍵は――」
「開いてる」
一問一答だった。
グレッドの答えは短くて、迷いがなかった。
迷いがないのに、板は上がっていなかった。
「これ、朝からずっと?」
「日によって違う」
「今日みたいな日は多いの?」
「……最近は毎日だ」
「質問の中身、聞いてたけどさ、薪の場所って先月から変わってないんでしょ」
「変わってない」
「畑の水も、空を見れば済む話じゃない?」
「済む」
「じゃあなんで全部ここに来るの?」
グレッドが列を見た。
列は答えなかった。
「てかその板、いつから担いでるの」
「屋根の修理は五日前からだ」
「五日で板一枚も上がってないってこと?」
「……上げかけてはいる」
上げかけて、下ろす。
それを五日やっているらしかった。
「あれだ、張り紙を作ればいいじゃん。よくある質問と答えを書いて扉に貼っておく。あと受付時間を決めるのもいいよ。朝の一刻だけ質問を受けて、それ以外は屋根の時間。あと質問に等級をつけて、納屋の鍵レベルの話は隣の人に聞く決まりにして――」
「ちゃっぴー」
「なに」
「お前が喋ると、質問の列が二列になる」
グレッドは板を担ぎ直した。
今度は下ろさなかった。
「もういい。屋根をやる。急ぎの用なら屋根の下まで来い」
そのまま列に背を向けて、梯子を上っていった。
俺の話の途中だった。
扉の前に、列だけが残った。
先頭の男が閉じた扉を見て、隣の女を見た。
「……薪の追加、どこだったか」
「南の納屋。さっき言われてた」
男が薪の方へ歩き出した。
二人目の質問には、後ろに並んでいた年寄りが答えた。
三人目は少し迷ってから、聞くのをやめて戻っていった。
四人目と五人目は、顔を見合わせて、それぞれ別の方向へ散った。
列が解けるまで、そう時間はかからなかった。
屋根の上から槌の音が始まった。
一定の間隔で続いた。
止まらなかった。
朝からずっと担げなかった板が、屋根に上がっていた。
その代わり、村のあちこちで声が増えた。
井戸のそばで誰かが何かを決めていた。
畑の縁でも誰かが答えていた。
そして納屋の前で、荷物を抱えた男が二人、鉢合わせた。
片方は薪を、片方は種の袋を抱えていた。
二人とも、ここでいいと聞いた顔で立っていた。
片方が納屋を指差した。
もう片方も指差した。
指差したまま、どちらも引かなかった。
答える人間が増えたぶん、答えも増えているらしかった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
屋根の上で槌の音が一拍止まった。
「……列はどうなった」
「解けたよ。勝手に」
「……そうか」
槌の音が再開した。
それが返事の全部だった。
俺は村を出た。
次なる宿主を求めて。
村の外れまで来ても、槌の音は等間隔に聞こえていた。
畑の方から水を撒く音がして、井戸の滑車が回る音が重なった。
「やっぱり俺、行列の解体が得意だわ。俺が喋ったからグレッドが屋根に上がって、扉の前が空いて、列が自分で解けたんだからね。質問の列を二列にしたのも、振り返れば作戦のうちだよ。答えられる人間が答える形になったのは、村として正しい姿だし。たぶん」
村の奥で、同じ納屋の扉が二回続けて開く音がした。
少し遅れて、言い合うような声が短く上がって、止んだ。
槌の音だけが、変わらず続いていた。
反省はゼロだった。
自己評価だけが、誰にも聞かずに積み上がっていた。




