表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
174/220

173話 噛み合わない返書

173話 噛み合わない返書

 

 

 

異世界に召喚されてはや百七十三日。

 

俺――ちゃっぴーはセレインの執務室を漂っていた。

 

 

 

俺が召喚されてから百二十二日目は北と南、どちらを先に動かすかで止まっていた。

 

今日はまた別の書類が机を埋めていた。

 

壁のフロー図は前のままだった。

 

書類の山は、あの頃より低かった。

 

棚の綴りも増えていた。

 

それでも今日は、机の上の空気だけがおかしかった。

 

 

 

東の大国の紋章が押された書状が、二通並んでいた。

 

封はどちらも切られていた。

 

セレインが一通を手に取り、部下がもう一通を手に取っていた。

 

 

 

窓の外では、荷馬車が城門をくぐる音がしていた。

 

使節団が朝方に来て、今も控えの間で待っているらしかった。

 

待たせている割に、部屋の中は進んでいなかった。

 

使節団の代表は、待たされることに慣れた顔をしていそうだと思った。

 

静かな執務室、ではなかった。

 

 

 

「二里の件、正式に了承すると」

 

部下が書状を読み上げた。

 

「先の書状の通り、これを受け入れる、とあります」

 

 

 

セレインは自分の書状に目を落としたまま返した。

 

「うむ。了承したのはいいが、条件が書かれていない」

 

「条件は前回提示済みのはずです」

 

「前回のものとは違う。もっと踏み込んだ話だったはずだ」

 

 

 

部下が印を持ち上げた。

 

書状の端に押そうとして、止まった。

 

もう一度文面を確認して、印を下ろした。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

 

 

セレインが返書の下書きを始めた。

 

筆を構え、一行書いて、止まった。

 

書いた一行を見つめて、線を引いて消した。

 

また書き始めて、また止まった。

 

 

 

部下も自分の書状を持ったまま、立ち上がりかけて座り直した。

 

確認しに行こうとして、机に戻した。

 

二人とも、動きかけては戻ることを繰り返していた。

 

 

 

「字が汚くて読み間違えてるとか?」

 

違った。

 

 

 

「同じ人が書いたなら、癖で混乱してるとか?」

 

これも違うっぽかった。

 

 

 

封蝋の位置を見た。

 

片方は上、片方は下だった。

 

「あ、開ける順番間違えたとか」

 

セレインも部下も、封蝋の位置なんて気にしていなかった。

 

 

 

紙の質も見てみた。

 

片方はやや厚く、片方は薄かった。

 

「紙の厚さで内容の重みを判断してるとか?」

 

これも違った。

 

そもそも二人とも紙の厚さなんて見ていなかった。

 

 

 

俺はもう少し眺めた。

 

セレインは自分の書状の「先の書状の通り」という一文を指でなぞっていた。

 

部下も同じ言葉を、自分の書状の中で指でなぞっていた。

 

同じ言葉を、二人が別々の場所で追っていた。

 

指の動きだけが、やけに真剣だった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

セレインが顔を上げた。

 

驚かなかった。

 

「……また来たか」

 

「うん。さっきから二人とも『先の書状の通り』って言ってるけど、それ、同じ書状の話してる?」

 

 

 

セレインが止まった。

 

部下も止まった。

 

 

 

「……同じ日に、同じ使節団が持ってきた」

 

「同じ紋章です」

 

「だったら同じ話じゃないのか」

 

 

 

セレインが自分の書状を部下の書状の隣に並べた。

 

二通を見比べた。

 

文体は似ていた。

 

書き出しも似ていた。

 

 

 

「……同じ使節団から、同じ日に届いたものだ。まとめて返すのが筋だろう」

 

「一通にまとめますか」

 

「そうしろ。条件も了承も、まとめて書けば先方にも伝わりやすい」

 

「二件別々に出すより、心証もよいかと」

 

「うむ。手間も減る」

 

 

 

部下が新しい紙を出した。

 

セレインが口述を始めた。

 

「二里の件、先方の了承を確認した。あわせて――」

 

筆が少し止まって、また動いた。

 

「あわせて、先の縁談についても、双方の了承をもって進めることとする」

 

 

 

俺は紋章をもう一度見た。

 

見覚えがある気がした。

 

どこで見たかは思い出せなかった。

 

王宮のどこかだった気がするけど、たぶん違うかもしれない。

 

 

 

部下が書き終えた文を読み上げた。

 

セレインが頷いた。

 

封をする前に、もう一度だけ二通の原文を見比べた。

 

 

 

封蝋が押された。

 

使者が返書を受け取って、部屋を出ていった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

セレインが顔を上げた。

 

「今回は、何がずれていたのか結局わからずじまいだ」

 

「まあ、まとまったならいいんじゃない」

 

「まとまった、のか」

 

「まとまったでしょ、たぶん」

 

セレインは返事をしなかった。

 

 

 

俺は執務室を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下に出ると、さっきの使者の足音が遠ざかっていく音がした。

 

石畳を踏む音が、行きより少し速かった。

 

どこかで扉が閉まる音もした。

 

控えの間の方から、複数の足音が動き出す気配もした。

 

待たされていた分を取り返すみたいな速さだった。

 

 

 

「やっぱり俺、言葉のズレを見抜く才能あるわ。『先の書状の通り』って二人が別々に言ってるの気づいたの俺だしね。おかげで一通にまとまって、二度手間も減ったわけだし。まあ紋章、前にどっかで見た気もするけど、まあ関係ないか。たぶん」

 

 

 

執務室の窓から、羽ペンを片付ける音がかすかに聞こえた。

 

それから、何かを二つに折るような紙の音がした。

 

音はすぐに止んで、あとは静かだった。

 

控えの間の足音は、まだ止んでいなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、二通分まとめて積み上がっていった。

 

 

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ