165話 崩れない拍子
165話 崩れない拍子
異世界に召喚されてはや百六十五日。
俺――ちゃっぴーは見覚えのある塔の中を漂っていた。
螺旋階段を上がった先の部屋だった。
床の魔法陣は今日も二重に描かれていて、赤と青が代わる代わる灯っていた。
赤は攻撃、青は防御。
俺が召喚されてから百日目に来たときにそう聞いた覚えがあった。
その二重陣を囲むように、白く光る小さな陣が八つ、等間隔で円を描いて並んでいた。
前方、後方、左右、斜め四方。
どれも同じ大きさで、同じ高さに刻まれていた。
そこから白い光の玉が、順番も規則もなく、四方八方から飛んでくる。
一つが消えたと思うと、別の場所からもう一つ生まれていた。
静かな部屋じゃなかった。
赤と青の陣の中心にセルトが立っていた。
「ハッ」
セルトが紋を赤に切り替えた。
背後から来た玉が肩をかすめた。
布が焦げた。
顔は動かなかった。
三拍おいて、紋を青に切り替える。
横から来た玉を、青の光がちょうど弾いた。
たまたま拍が合っただけだった。
焦げ跡は増えなかった。
俺はしばらく眺めていた。
玉はどの角度からも来るのに、セルトの拍は常に同じだった。
三拍、赤。三拍、青。
方向を気にした様子がなかった。
なのに痛がる様子もなかった。
焦げ跡だけが服の上で増えていく。
それが妙だった。
「よお ちょっといい?」
セルトの手が止まった。
「……お前か」
「ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
「わかっている。前に二度来た」
「今日はまた派手なことしてるじゃん、これ。八方から来てるのに全然痛がらないし」
「自分には別の無効化をかけている。白陣の攻撃は届かない。焦げるのは布だけだ」
「あー、だから平気な顔してるのか」
「検証会の調整だ。単独発動での二重陣運用は前例がない」
また玉が来た。
今度は正面からだった。
セルトはまだ赤のままだった。
青に切り替わる前に、玉が胸で弾けた。
布がまた黒くなった。
「今の防御陣で防げたやつじゃん」
「拍が来ていない」
「拍って何」
「三拍で回すと決めている。前回、それで空間の取り合いが収まった」
「あー、赤と青が喧嘩してたやつね」
セルトは答えなかった。
また玉が来て、また赤のまま焦げた。
「もしかして白陣が八つもあるから処理が追いつかないとか?」
「陣の数は関係ない。拍は固定だ」
「じゃあ出力の差? 赤が強すぎて青が――」
「出力は均等に調整してある」
どちらも外れているらしかった。
セルトの拍は乱れなかった。
何度目かの玉が四方から同時に来た。
セルトは赤のまま動かなかった。
三発当たって、三箇所焦げた。
「無効化があるからいいけど、今の防御陣使えば防げたよね」
「拍が来ていなかった」
「その理屈、さっきからずっと言ってるけど」
「決めたことだ」
また玉。
また赤のまま。
また焦げた。
四回目にはもう驚かなくなった自分に気づいた。
「もしかして八箇所の白陣、配置に偏りがあってそこだけ狙われてるとか?」
「配置は均等だ。何度も確認した」
それも外れているらしかった。
「なあ、その三拍のリズムって、前に赤と青がぶつからないように決めた間隔でしょ」
セルトの動きが一瞬止まった。
「……あのときは、動く敵がいなかった」
「今回は八方から飛んでくるじゃん。同じ拍で間に合うわけなくない?」
セルトは何も言わなかった。
拍を数え続けた。
「てかさ、無効化があるから今は痛くないだけで、これ実戦になったらその無効化ないんでしょ? 拍守ってるだけで当たりまくってるの、意味ある?」
「……」
「防御陣、あるのに使ってないのと同じじゃん。宝の持ち腐れって――」
「うるさいな!」
セルトが声を荒げて杖を振った。
足が半歩ずれた。
体勢が崩れた。
拍の数え方も一緒に崩れた。
崩れた体のまま、杖が横から来た玉に反応して青へ動いた。
弾いた。
続けて上から来た玉にも、また青が動いた。
弾いた。
拍を数えていなかった。
なのに当たらなくなっていた。
「反応した」
「拍守るのやめたら普通に間に合うじゃん」
セルトは答えなかった。
玉が次々来る。
青が次々反応する。
焦げ跡は増えなかった。
ただ、赤が一度も灯らなくなっていた。
防御に追われて、攻撃へ切り替える隙がどこにもなかった。
セルトの杖は青のまま固まっていた。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「……待て。攻撃に移れない」
「あー、それはまあ、頑張って」
「無責任だな」
「防げるようにはなったじゃん。あとは自分でどうにかしな」
セルトが何か言い返そうとして、また玉に阻まれた。
俺は塔を出た。
次なる宿主を求めて。
螺旋階段の下まで、青い光の唸りだけが途切れずに届いていた。
赤い光の音は、一度も混ざらなかった。
「やっぱり俺、追い込み方が上手いわ。拍を崩したのはセルトが勝手にキレただけだけど、キレさせたのは俺の指摘だしね。防御陣、ちゃんと機能するようになったじゃん。八方から来ても焦げなくなったのは大きな進歩だと思う。攻撃できなくなったのは些細な話でしょ。たぶん」
下の階に着いても、青い唸りは止まらなかった。
一定の間隔で光が漏れ続けていた。
時々、その唸りが二重に重なって聞こえた。
赤の気配は、最後まで戻ってこなかった。
反省はゼロだった。
自己評価だけが、青い光のように静かに灯り続けていた。




