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164話 変わらない型

164話 変わらない型

 

 

 

異世界に召喚されてはや百六十四日。

 

俺――ちゃっぴーは訓練場を漂っていた。

 

 

 

砂を踏み固めた広場だった。

 

俺が召喚されてから八十二日目に来たときより、木の杭が増えていた。

 

的の藁も新しかった。

 

訓練生は五人になっていた。

 

四人は見覚えのある動きをしていた。

 

型の二番目を、数を数えながら繰り返していた。

 

残りの一人が、広場の端で固まっていた。

 

一番小さい子だった。

 

新入りだとわかった。

 

 

 

端にテスが立っていた。

 

新入りの前で木剣を構えて見せて、下ろした。

 

また構えて見せた。

 

また下ろした。

 

「一、二の、三」

 

新入りが真似ようとして、途中で足がもつれた。

 

「乱れた。二からだ」

 

新入りが最初からやり直した。

 

また途中で崩れた。

 

「二からだ」

 

また崩れた。

 

「二からだ」

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

テスの声は変わっていなかった。

 

数えて、崩れたら戻す。

 

それだけを繰り返していた。

 

新入りは一度も三回連続まで届いていなかった。

 

届かないまま、同じ数え方が続いていた。

 

喉が乾いてるのかもしれないと思った。

 

あるいは木剣が新入りには重すぎるのかもしれないとも思った。

 

テスの声のトーンが低くて怖いのかもしれないとも思った。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

テスが振り返った。

 

「……お前か。また来たのか」

 

「ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。覚えてた?」

 

「声は忘れない」

 

「あの新入りの子、全然進んでなくない?」

 

テスが新入りを見た。

 

「見ればわかる」

 

 

 

「木剣、重すぎるんじゃない? あの子には」

 

「他の子と同じ木剣だ」

 

「じゃあ喉が乾いてて声のカウントについていけてないとか」

 

「水は飲ませてる」

 

「テスの声、ちょっと低くて怖いのかもよ。萎縮してるんじゃない?」

 

「他の四人には同じ声で通ってる」

 

「ちょっと聞くけど、今のカウント、二からってやつ。他の四人にも同じ数え方使ってる?」

 

「同じだ。三回連続で次に進む。乱れたら二から」

 

「あの子、三回どころか一回もできてなくない?」

 

テスが黙った。

 

「一からの方がよくない? 二から始めるのって、そもそも一回目が成立してること前提じゃん」

 

「……型は同じだ。数え方も同じにしないと不公平になる」

 

「不公平って、あの子だけ全然進んでないのに、それはそれで不公平じゃない?」

 

テスが少し止まった。

 

「分けるのは考えた。でも、あの子だけ特別扱いにしたら、他の四人がどう思うかわからない」

 

 

 

新入りがまた木剣を構えて、また崩れた。

 

「二からだ」

 

テスの声は変わらなかった。

 

数える口だけが動いて、目は他の四人の方にも半分向いていた。

 

四人の型が乱れていないか、確認する動きだった。

 

新入りを見ながら、同時に四人も見ていた。

 

どちらも中途半端になっていた。

 

 

 

四人のうちの一人――一番最初にテスが肘を直した子が、ふと型の途中で手を止めた。

 

新入りの方をちらりと見た。

 

また自分の型に戻った。

 

「ねえ、あの子、今こっち見てたじゃん」

 

「見てただけだろう」

 

「新入りの隣に組ませたらよくない? 基準は一個のままでいいから、教えるやつを増やせば」

 

「教えるのは私の仕事だ」

 

「テスが五人同時に見るの、もう無理じゃん。さっきから視線が二つに割れてるし」

 

テスが何も言わなかった。

 

 

 

新入りがまた構えて、また崩れた。

 

「二からだ」

 

声だけがまた同じところを繰り返した。

 

新入りの肩が少し下がっていた。

 

 

 

テスが四人の方を見た。

 

それから新入りを見た。

 

一瞬迷ってから、さっきの子に目配せをした。

 

「……ちょっと、見てやれ」

 

短い一言だった。

 

子どもが木剣を下げて、新入りの方へ歩いていった。

 

「肘、そこ」

 

子どもの声だった。

 

新入りの肘に軽く触れた。

 

「もうちょい下」

 

新入りが合わせた。

 

「そこ。あとは足」

 

新入りが構え直した。

 

一回目、崩れなかった。

 

二回目、崩れなかった。

 

三回目、少しだけ膝が揺れたが、崩れなかった。

 

「……三回、いった」

 

テスがつぶやいた。

 

新入りが自分の手を見た。

 

教えていた子が、何も言わずに自分の型へ戻った。

 

また数を数え始めていた。

 

 

 

「あれ、なんか変わった?」

 

俺はしばらく新入りの構えを見ていた。

 

崩れていたところが、崩れなくなっていた。

 

テスの声のカウントは、さっきと一つも変わっていないのに。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

テスが顔を上げた。

 

「……お前、今回は何もしてないだろう」

 

「基準を分けなくていいって言ったのは俺だよ。教えるやつを増やせって言ったのも」

 

「増やせとは言ったが、誰にいつやらせるかを決めたのは私だ」

 

「それも俺のアドバイスがあったから決められたんじゃん。たぶん」

 

テスが額に手をやった。

 

「あとはなんとかなるでしょ」

 

「なんとかなるのか」

 

「たぶん」

 

テスは何も言わずに、新入りではなく四人の方へ向き直った。

 

もう一度口を出すつもりはなかった。

 

 

 

俺は訓練場を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

砂の広場から、木剣の音がまた聞こえてきた。

 

数を数える声が、二つに分かれて重なっていた。

 

片方はテスの声だった。

 

もう片方は、子どもの声だった。

 

「やっぱり俺、現場の力学がわかってるわ。基準は変えずに人を増やす、っていう発想を持ち込んだのは俺だしね。テスが五人を一人で見きれてなかったの、見てたから。誰にやらせるかを決めたのはテスだけど、その選択肢を出したのは俺だよ。土台を作ったのが俺で、判断したのがテス。役割分担ってやつだね。手柄は半分でいいよ、俺、器が大きいから」

 

 

 

広場の方から、また声が聞こえた。

 

「先生、こっちも見てもらっていいですか」

 

「先生、こっちも」

 

教える声が、少しずつ足りなくなっていった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、二つに割れた声の分だけ増えていった。

 

 

 

 

 


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