163話 順番を待てないやつら
163話 順番を待てないやつら
異世界に召喚されてはや百六十三日。
俺――ちゃっぴーは川辺を漂っていた。
俺が召喚されてから八十五日目、百十九日目と同じ、あの緩やかな流れの脇だった。
泥の岸が続いていて、少し先に畑の畝が寄り添うように広がっていた。
川と畑の境目は低い土手になっていて、そこだけ土が薄く崩れやすかった。
静かな岸のはずだった。
静かじゃなかった。
土手の切れ目のあたりに、ワームが何匹も集まっていた。
一匹が頭を突っ込みかけて、横から来た別の一匹に弾かれた。
弾かれたやつが戻ってきて、今度は上から来たやつと正面からぶつかった。
そのまま三匹が重なって、誰も潜れなくなった。
しばらくして重なりがほどけたが、また別の二匹が同じ場所に向かって突っ込み、同じように弾かれた。
同じことが繰り返されていた。
穴は開きかけては塞がり、塞がってはまた開きかけていた。
穴の向こうは畑の土に繋がっていた。
ワームはその穴を通って、畑の方へ向かおうとしているようだった。
俺はしばらく眺めていた。
最初は、土の柔らかさがそこだけ違うのかと思った。
百十九日目もそうだったから。
端の方の土を見た。
同じくらい湿って、同じくらい柔らかかった。
偏りはなかった。
違った。
次に、また振動で集まりすぎてるだけかと思った。
三十九日目や六十三日目みたいに、どこかで大きい揺れがあって、それに釣られてるだけかと。
周りを探した。
風もない。
大きく動いてるものもいない。
穴の前まで来る道筋はそれぞれ違うのに、最後だけ同じ穴へ集まっていた。
そもそも一箇所に集まってるんじゃなくて、みんな同じ瞬間に同じ穴へ向かってるだけだった。
集まりすぎじゃなくて、タイミングが揃いすぎていた。
違った。
少し離れた場所に青いものがいた。
スライムだった。
「お、ぷるちゃん」
スライムがぷるっと震えた。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。……って、もう説明いらないか。百十九日目以来だしね」
スライムがぷるっと震えた。
覚えているのか、ただの反応なのか、わからない震え方だった。
「ちょっと見てよあれ。土手のとこ。みんな同時に同じ穴狙って、毎回ぶつかってる。前みたいに集まりすぎてるわけじゃないんだよね。むしろ全員ちゃんと自分の判断で動いてるのに、タイミングが揃うから潰し合ってる」
スライムがぷるっと震えた。
「前と同じように、お前が止まれば収まるかと思ったんだけど。試しに止まってみてくれる?」
スライムが動きを止めた。
土手の穴の周りは、変わらなかった。
ワームはまだ同じ瞬間に突っ込み、まだ同じように弾かれていた。
「……あれ。止めても直らない」
俺は少し考えた。
「そっか。振動で釣られて集まってるんじゃないんだよな、今回。もとから全員そこに用があって、揃うタイミングだけがずれてない。止めても意味ないやつだ、これ」
スライムがぷるっと震えた。
もう一度動き始めた。
ただ、さっきまでと違う動き方だった。
止まって、少し進んで、また止まる。
一定の間を置きながら、体をゆっくり波打たせていた。
一回だけの動きじゃなかった。
間を置いて、また波打って、また止まる。
その間隔が、毎回ほとんど同じだった。
土手の穴のあたりで、一匹が頭を突っ込んだ。
今度は誰ともぶつからなかった。
ひと呼吸置いて、次の一匹が突っ込んだ。
これもぶつからなかった。
また少し間を置いて、次の一匹。
順番に、一匹ずつ潜っていった。
「……あれ、なんか変わった?」
俺はスライムの動きをもう一度見た。
止める、じゃなくて、間を作っている。
一定のリズムで波を送って、ワームが動くタイミングをずらしているみたいだった。
前は振動を消して黙らせるだけだったのに、今は自分から間を配っていた。
「これ、お前が考えたの? 俺が言ったのは止まれだけなんだけど」
スライムはぷるっと震えた。
土手の穴を抜けたワームは、そのまま畑の畝の方へばらばらに散っていった。
一列に並んでいるわけじゃなかった。
一匹が若い芽の根元に頭をこすりつけて、そのまま齧り始めた。
別の一匹は畝を崩しながら奥へ潜っていった。
さっきまでは穴のところで潰し合ってた分、畑に入れるやつ自体が少なかった。
今は違った。
一匹ずつ、途切れずに、畑の方へ流れ込んでいた。
渋滞がなくなった分、通っていく数が増えていた。
畝の端に立ててあった細い木の目印棒が一本、根元の土ごと傾いて、川側に倒れた。
倒れた音は、聞こえなかった。
体がないので、聞こえた気がしただけだった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
スライムはまだ同じリズムで波を送り続けていた。
ワームはまだ途切れずに、畝の方へ潜っていった。
俺は川辺を出た。
次なる宿主を求めて。
水の流れる音が、後ろでずっと続いていた気がした。
土手の向こうから、土が崩れるようなかすかな振動が、途切れ途切れに伝わってきた気がした。
体がないので、本当にそうだったのかはわからない。
「やっぱり俺、タイミング調整の見抜きが得意だわ。止まるだけじゃ直らないって気づいたのは俺だしね。ぷるちゃんが自分でリズムを作り出したのも、俺が『止まってみて』って振ったのがきっかけだと思う。実質俺が教えたようなもんだよ。畑に何匹か入り込んでたのは、まあ農家の仕事だから知ったこっちゃない。渋滞を解消したのは事実だし」
葦の音が続いていた。
途切れ途切れの振動が、畑の方から絶え間なく続いているような気がした。
さっきより数が増えている気がした。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが一列に並んで積み上がっていった。




